第15話 シャベル少女




 あの明らかな校則違反っぽい制服……。


 お洒落に着こなした上着にミニスカート姿だけど、確か『聖林せいりん工業高校』の制服だ。


 それに、あの金髪色白女子高生JKギャル。

 小柄で華奢なスレンダーな体形は、見た感じ僕と同じ歳か年下、少なくても年上には見えない。


 染めた金髪をサイドテールにしてシュシュでまとめられている。

 西洋人形のように目鼻立ちがくっきりとした整った顔立ちであり、特に猫のような大きな瞳がなんとも可愛らしい美少女だ。

 左の瞳下側にある「泣きぼくろ」もチャームポイントかもしれない。


 その彼女が肩に担いでいる血塗れのシャベルは、先端から終端まで鋭利な刃のように研がれている。

 即ち土を掘るものではなく武器として使用しているに違いない。


 しかも片手に持つ回転式拳銃リボルバーは、日本の警察官が所持する拳銃で知られている『ニューナンブM60』だ。

 どこで調達したのだろう?



 その金髪女子高生JKギャルは自分から姿を現すも、ライフルを構える竜史郎さんを警戒している。

 とても険しい表情でこちらを睨んでいた。

 しかし全身が汗ばみ、何か息苦しそうにも見える。


「見たところ、JKか? まず所属と名前を言え」


「はぁ? 意味わかんねーし。そっちから名乗るのが礼儀しょ、オジサン?」


「……オジサンか。生憎、俺はまだ28歳だ。いいだろう、貴様を敵と断定する!」


「ちょ、ちょっと竜史郎さん! 相手は、どう見たって人間なんですから敵なわけないじゃないですか!?」


 僕は思わず止めに入ってしまった。


 まさかプロの傭兵があっさりJKの挑発に乗りブチギレてしまうとは……この人、絶対に交渉には向かない性格だと思う。


「そこのアンタ達……その制服、美ケ月学園だね? あたしは、篠生しのぶ彩花さいか。近くで聖林工業ウチの制服を着た『青鬼』を見かけなかった? 男でも女でもどっちでもいいんだけどぉ?」


 篠生と名乗った金髪JKは、僕と有栖に向かって問いかけてきた。


「僕は、夜崎 弥之。見てないよ」


「私は、姫宮 有栖。同じく見てないわ」


「そっか~、無念だわ。いやマジでぇ~」



 ガシャン!



 軽い口調であっさり言うと、篠生はショベルと拳銃を地面に落とした。

 そして制服の襟元をはだけさせ、ほっそりとした首筋を見せてくる。


 ――首筋にはくっきりと歯形がついており、出血もしていた。


 つまり、彼女はウイルス感染者だと示している。



「ほう……JK、いつから噛まれている? 俺は、久遠 竜史郎だ」


「……もうじき30分くらい経つかなぁ? 人喰鬼オーガだっけ? あんなバケモノになる前に、その銃でヤッちゃってほしいんだよね~。黒くてイケメンのお兄さん♪」


「ヤルってことは、俺に撃ち殺キルして欲しいってことか?」


「そっ、あたしにもプライドあるからさ~。頼むわ~、そろそろ限界っぽいんだぁ」


 状況は最悪なのに、あくまで軽い口調であるJKギャルこと、篠生 彩花。


 あの険しい表情は僕達を警戒しているのではなく、ウイルスに感染し蝕まれる身体と意識を保っていたのか。

 そして耐えてながら、ずっと身を隠していたようだ。


 にしても噛まれてから30分も経つのか……。


 有栖は、1分もしないうちに『黄鬼』になったと聞いている。

 やはりウイルスが発症するまで大きな個人差があるようだ。


 だけど人間であるうちに撃ってほしいって……。

 それって、もろ殺人になるじゃないのか?


「なるほど、日本で言う介錯ってやつだな? いいだろう……」


 竜史郎さんは構えていたライフルを下げて、腰元のホルスターから自動拳銃を抜き、篠生に銃口を向ける。


「りゅ、竜史郎さん!?」


 再び僕が止めに入る。


 竜史郎さんは表情を崩さず、冷静な眼差しで視線をこちらに向けた。


「どうした、少年? やっぱり介錯は銃より、香那恵の刀の方が望ましいと思うのか? ライフルと違って、こっちの方がまだ遺体の損傷は維持できるけどな」


「兄さん、そういうことじゃないと思うわ。弥之くんが言いたいのは、その子はまだ人間なのに、手を掛けて良いのかって意味よ。私だって流石に人間を斬ったことなんてないんだからね!」


 香那恵さんが僕の気持ちを汲んで代弁してくれる。

 良かった……彼女、戦い方は鬼神の如くだけど、本職が看護師なだけに思考はまともだ。


「だがな、香那恵……そのJKが望んでいることだ。俺が彼女の立場なら同じことを望む……シノブっと言ったな? キミの潔さに敬意を表するぞ」


「で、でも竜史郎さんは、笠間病院で僕に言ってくれたじゃないですか!? 希望は糧になり可能性を生むって……ひょっとしたら、まだ何か手があるかも……だって有栖さんだって、こうして人間に戻っているんだし!」


 僕は気がつけば、篠生を庇う形で銃口の前に立っていた。

 どうして見ず知らずの女子のために、ここまで身体を張ってしまうのか自分自身でも驚いている。


 竜史郎さんは銃口を向けながら、首を横に振るった。


「無理だな、少年。彼女の皮膚をよく見ろよ……身体中の血管が浮き出て、もう感染症状が出始めている。もうじき黄鬼イエローになるぞ」


 言われるがままチラ見すると、確かに皮膚の色が変わりつつあり、篠生も両肩を揺らすほど呼吸を繰り返し随分と苦しそうだ。


 あの空気を読まないギャル口調も、介錯をする竜史郎さんに罪悪感を植え付けさせないよう、彼女なりに配慮しているのだろう。


 僕だって同じ状況なら……っと、思ってしまうかもしれない。


 けど、やっぱり人として意識があるのに殺すなんて……。

 せめて黄鬼になるのを見届けてから……それはそれで、篠生が苦しむだけなのか?


 駄目だ、わからない……どうすればいいんだ?



「――弥之くん、その子から離れて!」


 自問自答の中、不意に香那恵さんが大声を発した


 その声で背後から迫る存在に気づき、僕は咄嗟に振り向く。


「ぅがあぁぁぁ!」


 篠生だ――色白の肌だった肌が黄色一色となり、赤と青の血管が浮き出されている。

 白目部分が真っ黒に染まり、赤い瞳孔が妖しい光を放っていた。


 ついに感染者オーガの初期症状である『黄鬼』に変貌してしまったのだ。


 篠生は咆哮を上げ、僕に向けて腕を伸ばし大口を開けている。

 完全に我を見失っていた。


「や、やめるんだぁ、篠生さん!」


 もう無理だとわかっていても制止を呼び掛けてしまう。


 変貌した篠生は聞き入れる筈もなく、僕と取っ組み合いとなった。


「ミ、ミユキくん!?」


「だ、駄目だ、有栖さん! 危ないから近づかないで! ク、クソォッ!」


 僕は払い除けようとするも、がっしりと両肩を掴まれ身動きが取れない。


「チィ!」


 竜史郎さんは舌打ちしながら、取っ組み合っている僕が邪魔なようで拳銃を撃つことができないようだ。


 香那恵さんも刀を抜いて構えるも、中々斬り込めないでいる。


 これこそ身から出た錆とでも言うのか。


 僕が余計な引き延ばしをしてしまったばかりに、すっかり足手まといとなる最悪の結果となってしまった。

 

 やっぱり僕が間違っていたのか?

 本人の望むまま撃ち殺したほうが良かったのか?


 僕はただ……最後まで人間として生きるのを諦めてほしくなかっただけなのに……。



 がぶっ



 篠生が押えつている僕の左手の甲を思いっきり噛んだ。


「痛てぇ!」


 感染者オーガ化しても牙は生えないが、逆に鋭利でないから余計に激しい痛みが襲ってくる。


 たちまち肉に歯が食い込み、血液が溢れ出した。



 刹那



「う、うぐぅ! ぎゃあぁぁぁ――……」


 篠生は噛むのを止め自ら離れ地面に倒れる。

 喉を押さえながら、もがくように苦しみ始めた。


 こ、この感じ……まさか!?


 篠生は嘔吐を繰り返し、やがて落ち着きを見せる。


 ……同じだ。


 有栖の時と同じだと思った。


 そして、


「はぁ、はぁ、はぁ……あれ? あたし……戻っている?」


 篠生は正気になり、人間に戻っていた。



 ――僕を噛んだことで。







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