過去編:ジャッジメントとハストス

 前層主を叩きのめし、ジャッジメントと名乗る白い機人が新たな第六層主となってから、暫くが経った。突然のことに層民は大いに戸惑い、抗議や騒動も多くあったが、新たな層主陣にとっては全て予想通りで混乱というほどのこともなく、適宜対応し、事を片付けた。


「――ジャッジメント」


 名を呼ぶハストスの声に、ジャッジメントは顔を上げる。

 新たに自分のものとなった層主の椅子に座り、報告書を眺める――以前とはまるで違う生活だが、ハストスがジャッジメントを呼ぶ声は変わらない。六層の街に住んでいた頃も、たった二人で前層主の元へと乗り込んだ時も。


「休憩しよう。今日の騒動は収まったようだし、俺の方もようやく前任のデータを全て抜き終わった」

「ああ。そうするとしよう。何を持ってきた?」

「フフ、聞かないほうが良い、知らなければ『悪いこと』には入らないからな」


 ハストスが小机の上に置いたトレイには、フレーバーティー(ユピウスをエネルギー源とする機人にとってはまさしくフレーバーを楽しむためのものだ)と、あまり見ない嗜好食の菓子箱が添えられていた。洒落たデザインのそれはそれなりの高級品で、恐らく前任の私物の棚からとってきたものだろう。ジャッジメントは察したが、ハストスの『忠言』に従い、黙ってそれの箱を開ける。中身のクッキーを一枚つまみ、気になったことを思い出してハストスを見る。


「……『俺』?」


 ハストスの言葉遣いのことだ。長い付き合いの中で、ハストスが自らを『俺』と呼称したことはなかった。ジャッジメントの知っている範囲ではそうである。ハストスもクッキーをかじり、答える。


「『僕』じゃあ締まらないだろう。これから全てを支配する、層主の部下として」


 ハストスは肩をすくめた。ジャッジメントはフ、と笑った。


「似合わないな」

「似合うようになるさ」


 ところで、とハストスは話題を変えた。


「推薦したい奴がいる。お前の補佐……第六層主の副官としてな」

「貴公で良かろう」

「いや。僕より優れた副官になるとも」

「ふむ……貴公がそういうなら、顔を合わせてみよう」

「ああ。お前も必要な奴だと、感じるはずだ」



(おわり)

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