トーロードとクラストール(六層にて)

 その日は非番で、トーロードは街に繰り出していた。非番と言ってもセキュリティ室からは常に連絡が入っているし、大事が起これば即座に呼び戻される。セキュリティ部門の上長なんてまあ、そんなものだ。《裁君》ジャッジメントに管理された六層は、街のどこを見ても規律正しく整然としている。危なっかしい遊びなど存在するはずもない。例えば六層にもギャンブルは存在する。だがそれらはすべて公営であり、スリルを抱えた遊びといえどやはり整然と管理されている。別層からの移籍であり「悪い遊び」を好むトーロードにとっては、六層は物足りない街だった。


 だが、トーロードは知っていた。そんな六層の中でもジャッジメントの管理の目をかいくぐり、暗がりで細々と営業する「悪い遊び」の店があるということを。勿論ジャッジメントに知れたら即刻取り潰しになるだろう。だからトーロードはそれらの店のことを報告していないし、多少――ほんの僅かにだが――公安に見つかりづらいようにネットワーク上の情報を偽装してやったりもしている。


 折角の隠れた店だ、六層から「お楽しみ」が減るのは勿体ない。……と、トーロードは足取り軽く秘密の店を訪れた、筈だったのだが。

 店の扉をくぐったトーロードのテンションを急降下させる存在がそこにはいた。

 機人の感覚を酩酊させる超音波が流れる店内に座っているのは、つるりとした反射面をもつ頭部。極度の身体改造により腹部が空洞になった異様な風体の機人。五層の電子セキュリティ担当、クラストールだった。


「な、なんでお前がいるんだよ~っ」

 少々素行の悪い店とはいえ、ここは六層である。六層と犬猿の仲である五層の、それも幹部が易々と入れる場所ではない。隠れたお気に入りの店の中で通報することも出来ず、トーロードはじりと後ずさる。クラストールはそれを見て、フ、と小さく笑った。クラストールはトーロードに対して、いつも小ばかにしたような笑みを向ける。……といってもいつもはネットワーク上での諍いで、こうして実際に顔を合わせるのは稀も稀なのだが。

「この店の偽装データに相乗りさせてもらった。お前の仕込んだものだろう、丁寧な仕事ぶりで随分扱いやすかったぞ」

「あっ、くそっ、本当だ、店の偽装データに手が加わって侵入経路を隠してる…!いつのまに…!」

「何、今日は別段、破壊工作をしにきたという訳でもない。私のことは気にせず、おまえもいつもどおりゆるりと楽しんでゆけ。……それに」

 クラストールは言葉を区切り、再び口を開いた。


「あまり騒ぐと地下のVIPルームの暴君に気付かれるぞ」

「暴君…!?ブラックヴェイルも来てるのか…!」

「何も知らんな、お前は。暴君はここの太客だ」

「い、いつのまに入り浸って…ああくそ、腹立つなあ!」

「通報しても構わないが、無意味だ。この店が取り締まりにあってつぶれるだけだろう」


 クラストールの言う通り、ここで通報しても無意味だろう。ジャッジメントが来る頃にはブラックヴェイルは消えるか、もしくは大暴れするかして逃げ去り、トーロードの気に入りの店は摘発される。それだけだ。だが、《暴君》とその性悪な部下がいる店で楽しめるような気分でもなかった。トーロードは溜息を吐き、店を出る。その背を見ながら、クラストールは悠々と機人向けの酒を傾けた。


「精々、我々の使ったルートでも見つけておけ。這いまわる虫のように丁寧にな」

「言われなくても、全部潰してやる」


 トーロードはクラストールを睨む、店を後にした。あーあ、どこで気分転換しようかな、と愚痴をこぼしながら。


(おわり)

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