第21話 間違い

 ノアザークは地中海を横断。


 その南東の端にやってきた。


 アフリカ北西部エジプト、ナイル川が地中海へと流れこむ河口にある大都市アレクサンドリアに入港。補給を終えたらすぐ出港して少し東のポートサイドに向かう。


 そこから運河に入ってアフリカ大陸とアジア大陸のあいだにある小さな陸地、シナイ半島を越えて紅海に抜ける予定。


 ただ休暇を与えられた乗組員の一部はアレクサンドリアで下船し、陸路で運河の紅海側の出口、スエズ港へ向かう。



 観光地に寄りながら。



 その1人であるメイミは、陽を浴びて黄金に輝く砂漠にうずくまる獅身人面の怪物スフィンクスの石像と、その奥の三つの四角錐状の巨大石造建築を初めて生で見て、歓声を上げた。



「わぁ……!」



 ギザの大スフィンクス──全長73.5m、全高20m、全幅19m。


 ギザの三大ピラミッド──順に全高138.8m、136m、65m。



「こんな町の傍なんですね~」


「ああ。砂漠の真ん中にあるイメージだけど、実際は砂漠の端なんだよね。ギザの町の隣はエジプトの首都カイロだし、大都会の目の前だ。がっかりした?」


「いいえ。確かにイメージと違いましたけど、1つの景色の中に古代の遺跡と、現代の街並みが共存してるのも面白いです」


「それは良かった。ピラミッド、中に入れるけど、行く?」


「はいっ♪」



 元気に答えると、メイミは小走りで人込みを縫って先に進み、先日のデートでユウトに買ってもらった洋服のスカートをなびかせて振りかえった。



「早く早くっ、さん♪」







 そんなメイミとエイトを物陰から見つめる2つの影。どちらも私服ながら腰に軍刀を帯びている異様な風体(それはエイトもだが)から軍人と分かる。


 一方は白いワンピースを着た小柄な少女、メイミの護衛として見守っているミョウガ憲兵長。


 もう一方は先日のメイミとのデート時に買った服を着た、護衛の任には就いていないが個人的に心配で付いてきた、ユウト。



「楽しそーですねー」


「そ、そうだな……」



 棒読みの憲兵長に、ユウトは曖昧に頷いた。メイミがエイトと仲を深めることに心穏やかでいられないのは憲兵長もな様子。


 自分の──記憶を失った──元・妻が他の男とデートしているだけでも胸が痛いのに、憲兵長から不機嫌オーラまで浴びて胃も痛い。



「全く、大尉がしっかりしないから」


「それはあちらにいるオオゾラ・エイト大尉ではなく、ここにいるダイチ・ユウト大尉こと、オレのことかな。ミョウガ中尉」


「当然です。なんでエイトさんが悪いんですか。悪いのはダイチ大尉だけです」


「……エイトを誘ったメイミは悪くない?」


「メイミさんは友達です。それに艦内総ライバル状態で今さら。自分の嫁も繋ぎとめておけない情けない男には腹が立ちますが」


「メイミを嫌わないでくれて、ありがとう。その優しさをオレにも少し分けてもらえると、もっと嬉しいんだけど」


「本官が? なぜ? エイトさん以外の男なんかに」


「なんか……」



 その後ピラミッド見学を終えたメイミとエイトは次にカイロを観光し、陽が傾きかけた頃、レンタカーを借りて走りだした。


 スエズ港に向かう気だ。ユウトと憲兵長はすぐタクシーを捕まえ後部座席に乗りこんだ。憲兵長が運転手に行先を告げる。



「あの車を追ってください!」







 砂漠に刻まれたアスファルトの道を、運転席にエイト、隣の助手席にメイミを乗せた、洒落た車がひた走る。メイミはバックミラーに映る赤い太陽に目を細め、しんみり呟いた。



「エイトさん」


「なんだい?」


「きょうは一日お付きあいくださり、ありがとうございました。とっても楽しかったです」


「そう? ホッとした。不興を買ってないか、内心ビクビクしてたから」


「え~? エイトさん、モテるんですからデートなんて慣れっこでしょう?」



 エイトは苦笑した。



「いや、別に色んな女の子とデートしてたりしないからね?」


「あ。モテてることは否定しませんでしたね?」


「ぐっ……まぁ、それは。気づかないとか無理だろ」


「じゃあ、ワタシの気持ちにも?」


「えっ」



 会話がとまった。


 沈黙が横たわる。


 ……。


 ……。



「……それについては、自信がない。ハッキリ、君の口から聞かないと。今回、俺にデートを申しこんでくれたのは、なぜ?」


「貴方が好きだからです。恋愛的な意味で」


「……いつ、から?」


「初めて会った、その日から。目が覚めたら裸で、キモイ人に迫られてたワタシを助けてくれた、あの時に。一目惚れです」


「キ……ユウトは──」


「もう分かってますけど、あの時のワタシにはそうで。だから、助けてくれたヒーローを好きになるの……変、ですか?」


「そんなことないさ」


「ほっ……ありがとうございます。それで、お返事は?」


「ぐっ、グイグイ来るなぁ」


「……」



「……記憶が戻っても、まだ同じ気持ちでいてくれたら、また告白してほしい。その時は君の気持ちに応えられる。恋人にでも、夫にでもなるよ」



「……あの。記憶が戻ったらワタシは、ユウトさんの」


「妻だから、ユウトのことだけ一途に想ってるはず?」


「えっ……?」


「昔は俺とユウトのどっちも好きって言ってたよ」


「……えぇ⁉」


「ユウトから聞いてないか。俺とユウトと君は3人で幼馴染で、思春期になったら俺もユウトも君に恋をして告白して、そしたら君は『両方と付きあいたい』って言ったんだ」


「二股ー⁉」


「ユウトは『それでいい』って言ってた。けど俺は『ダメだ』と言った。重婚制度のない日本では、そんな形の愛は報われない。どちらかを選ばないとって、君に言いつづけた。そしたら」


「そしたら?」


「俺に言われたとおり君は選んだ。ただ俺ではなく、ユウトを。嫌われて当然さ、俺は君の想いを否定したんだから。なのに俺は自分が選ばれると思っていた。本当に、馬鹿だったよ」


「エイトさん……」


「俺は大切な人のため時には厳しい正論も言わないといけないと思ってた。ユウトはそういうの無理で、いつも君を全肯定して。そしたら俺が自滅して、ユウトが残った」


「……」


「俺だって本当は正しさなんかより、なにより君が大切だったのに。絶対に間違えてはいけない選択を、間違えたんだ……!」



 メイミにはかける言葉がなかった。


 エイトの横顔に、涙が伝っていた。

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