第20話 絆

 艦長から〖ネフィリムとの和平〗という軍の方針が開示され、ノアザーク乗組員の多くからは不平が噴出した。


 それを鎮めるのは各部署の長らの仕事。歩兵長のエイトも、副官のユウトと2人で歩兵科の部下たちと向きあっていた。


 復讐のために軍に志願した者。当初はそうではなかったが、これまでに散った仲間の復讐を誓った者。彼らは復讐から宗旨替えしたユウトを裏切者と罵った。



「みんな。オレは──」



 言いかけたユウトを、エイトは下がらせた。奪われた人が運良く生きていたことを妬まれている、しかも口下手なユウトがなにか言っても神経を逆撫でしかねない。



「(ここは任せろ)」


「(……分かった)」



「みんな! 俺は以前、ネフィリムとの和平を主張した。だからって、この決定を手放しで喜んでるなんて思わないでくれよ?」



 おどけた口調で気を引く。


 兵たちの顔は、まだ怖い。



「俺だってネフィリムは憎い、だが人類の存続のためにはって。そういう葛藤をさ、お偉いさんがたは『自分で処理しろ』って、反発へのケアを現場に丸投げした! 雑に! ふざけんな‼」



 兵たちから失笑が漏れた。


 それで場の雰囲気が和む。



「ただ、このとおり俺も感情を制御しきれない人間だ。トップが自分より冷静だったことには安堵もしてる。激情に流され選択を誤れば、死んだ仲間に顔向けできないからな」



 兵たちが神妙な顔つきになった。



「……俺たちは本当は、それぞれ自分だけの理由で軍に入った。死んだ人の仇を討つため、まだ生きている大切な人を守るため。似たり寄ったりと一括りにされても、全く同じ事情なんてない」



 エイトは〖演説〗に入った。



「バラバラな俺たちを結びつけているのが人類統合体の理念だ。〖人類存続〗って大義名分だ。俺たちはみな、本音はどうあれ、その建前に殉じて戦ってきた」



 みな、真剣に聞きいっていた。



「その目的だけは共有している。死んだ奴らとも。俺も、初めは私怨のために入隊した。でも今はそれ以上に大義を果たしたい。それが正しいからじゃない。それが仲間との、絆だからだ‼」



 クサイ台詞と嗤う者はいない。


 かつては冷笑家だった者らも。


 戦う内に、それができなくなっていた。



「だから俺は、仲間を喪いながら進んできた俺たちの道を、破滅なんかで終わらせないために! 必要なら、許しがたい敵だって許す……みんなの憤りも当然だが、どうかこらえてくれ‼」



 オォーッ‼



 兵たちはエイトを支持し、その場は丸く収まった。


 それからまた2人の時、ユウトが頭を下げてきた。



「すまない。役に立たなくて」


「いいんだ。それよりも──」



 エイトは周りに誰もいないことを確認し、声を潜めた。



「(油断するな)」


「(! それは)」


「(全体の空気がああなったから言えなくなっただけで、本心では納得していない奴も必ずいる。他の兵科にも。そいつらの不満は、いずれ爆発するかも知れない)」


「(なるほど……)」


「(そして和平を妨害するとしたら、ミコトを狙う可能性が高い。通訳がいなければ交渉はできないからな)」


「‼」



 ユウトの顔が険しくなり眼がギラリと光った。


 復讐者だった頃にも見たことのない鬼の形相。



「(もし──)」


「(言うな。お前も俺も、歩兵科の仕事をしながらではミコトを守りきれない。憲兵に守ってもらうよう艦長に具申する)」


「(……それがいいな。憲兵長は、彼女と懇意だし)」







 かくして、そうなった。


 それから、数日後の朝。



「おおッ‼」



 ぎゃりぃぃぃん! ユウトが裂帛の気合いと共に振るった軍刀の刃が、エイトの構えた軍刀の腹を滑る。


 だがエイトが捌ききる前に、ユウトは刀の軌道を変えて追撃してきた。息もつかせぬ連続攻撃。エイトはそれを時に受け、時にかわし、しのいでいく。


 エイトはユウトと互いに軍服姿で、軍刀を手に斬りあっていた。月夜の荒野で2人の刃が火花を散らす。


 ユウトは強くなっていた。


 大西洋の戦いの途中から動きが良くなったが、あの時に感覚を掴んだとのこと。エイトが伝えようとした明鏡止水とは逆に、気迫で集中力を引きだしている。


 エイトが静なら、ユウトは動。


 やりかたは違うが、視野が広くなって反応速度が上がっている効果は同様。ユウトには、こちらが合っていたということか。


 教えは無駄になったが、エイトは嬉しかった。ユウトが自分の真似ではなく、対象的な、独自の強さを身につけてくれて。晴れやかな気分で──刀を突く。



 ドスッ



 防戦一方だったエイトが攻撃に転じたとたん、あっけなくユウトの胸を貫いた。何回も攻撃すれば毎回が会心とはいかない。エイトはユウトの精度の低い一撃を見逃さず、その隙を突いた。


 ユウトは死んだ。


 エイトの前に〖YOU WIN〗の文字が浮かび、戦闘終了を告げる効果音が鳴った。灰色になっていたユウトは色が戻って生き返り、悔しそうに息を吐いた。



『まだ届かないか』


「でも、良くなってるぜ」


『余裕だな。今に見てろ』



 2人のこの体も、夜空も荒野も、本物ではなくCG。


 本当の体はそれぞれ艦内のVRルームに並ぶ直径3mの球体の中央に、エクソ・ハーネスに似た外骨格式インターフェースに全身を固定されて吊るされている。


 外骨格を通して電脳空間内のアバターを動かし、頭にかぶったHMDでアバターが見ている景色を見て、アバターの聞いた音を聞いている。


 狭い艦内に広い訓練場を生みだす工夫。


 またこの装置はエイト、ユウト、ミコトが高校生ゲーム実況者だった2年前までも遊んでいた、VRゲーム機そのものだった。



「その意気だ。俺を抜いてみせろ」


『ああ。それくらいでないとな。ウカウカしてるとオレのほうがに抜かれる。それは情けない』


「だな……」



 離れた所で、ミコトが艦の歩兵たちを蹴散らしていた。通訳のためネフィリムに接近せねばならない彼女に最低限の護身術をと訓練をつけたら、数日で並の兵士より強くなってしまった。


 現実と同じ運動量のフルボディVRゲームで剣や銃で戦って、最強と謳われたミコトではあるが、実戦は素人なのに。


 他の被救助者レスキュイーにも見られる現象だが、囚われていたネフィリムの培養槽で万能細胞の恩恵を受けた彼女は、超健康になって身体能力がハネ上がっているのも原因らしい。正直うらやましい。



「『チートか』」

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