第16話 これからの2人

 人類統合軍艦隊は勝利した。


 多大な犠牲を出しながらも。


 戦死者は、撃沈された艦2隻の乗組員をのぞけば、全て艦載機であるフラッドの操縦士。強襲揚陸艦ノアザークでも20人ほど出撃して生還したのはユウトとエイトのみだった。


 帰投後2人は艦長に命じられ、すぐ休息に入った。空の次は海と連戦し、多くの仲間を喪い、心身ともにも限界だった2人は泥のように眠った。



 そのため、ユウトがメイミと話す機会はなかった。



 ノアザークら数隻の残存艦は、やられた艦から脱出して海上を漂っていた生存者を救助したあと、針路を東に取って出発した。ノアザークの元々の目的地へと。


 そしてユウトが目を覚ました時。


 ノアザークはもう入港していた。


 大西洋から、北のヨーロッパ大陸と南のアフリカ大陸のあいだの海峡を抜け、両大陸に挟まれた内海である地中海に入ってすぐの、ヨーロッパ側の港町ジブラルタルに。


 そこの軍港に停泊しているノアザークの艦内居住区、2人部屋だがルームメイトのハヤトが戦死して個室状態の自室で目を覚ましたユウトは、重い気分で軍服へと着替えを始めた。


 現在は休暇を与えられ、船を降りて町に出かける許可も下りているが。行きたい場所も、したいことも、ない。



(ミコト……)



 ニューヨークで奪還してノアザークで運んでいたミコトメイミたち被救助者レスキュイーは、陸地に着いたら大病院に運ばれ、艦内でも行った検査をより整った設備で受けなおす。


 それで異常があった者は入院。なかった者は、帰る家があれば帰り、ない者は施設に入る。どちらにせよ、ネフィリムの勢力圏から離れた安全な土地で。


 そういう予定だった。


 ネフィリムの襲撃によって被救助者レスキュイーたちを先に飛行機で陸地へと送るよう予定が変更された中、ミコトメイミだけ艦に残って戦闘に協力した──と聞いて驚いたが、入港した今は同じこと。


 ミコトメイミももう、遠くの施設に行っている。


 そして自分は、これからも戦いつづける。


 彼女が安全に生きられる場所を守るために。再会できるとしたら、ネフィリムを殲滅して戦いが終わったあとになる。


 むしろ殲滅されそうな人類にそれが可能なのか。可能だとしても自分がそれまで生き残れるのか。あきらめる気はないが現実は甘くない。


 だから彼女が下船する前に少しでもと、他の乗組員にまで協力してもらってデートの予定を組んだのに、それもネフィリムが現れたせいで中断してしまった。


 出撃して、戦って、なんとか帰還して。


 寝て起きたら、彼女はもう去ったあと。



(一目、会いたかった)



 休憩室での会話が最後になってしまった。今後じかに会うのは無理として電話で話すくらいはできるだろうが、記憶のない今の彼女メイミにしつこく接触を図るのはストーキングになる。


 積極的に記憶を取りもどす意思はない彼女が、自然と思いだしてくれたなら、自分との通話を希望してくれるだろうか……と、ぼんやり考えながら、ユウトは部屋のドアを開けた。



「あっ──」


「うわっ⁉」



 ずっと脳内に浮かべていた顔が眼前に現れて、ユウトは腰を抜かしそうになった。彼女のほうも驚いた様子だが、すぐに気を取りなおしたように笑顔になった。



「ユウトさん!」


「メイミ?」


「ごめんなさい!」



 メイミが、ガバッと頭を下げた。


 ユウトには心当たりがなかった。



「え……なにが?」


「ネフィリムの幼体からワタシを守ろうとしてくれた貴方に、ひどいことを言ってしまって。ずっと、謝りたかったんです」


「いいんだ……てか、その件もう謝ってもらったよね?」


「あれだけじゃ足りません! もっと……って思ってたところで敵襲で。ユウトさん『どうか、元気で』なんて不吉なこと言って行っちゃうし!」



 今度はプリプリ怒りだす。


 ユウトは剣幕に押された。



「ああ、ごめん。紛らわしかったな。死ぬ気はなかったんだ」


「でも、ワタシが助言しなかったら死んでましたよね?」


「そう、だね。お陰で助かった。ありがとう」


「えへへ……マモル先生が飛びこんできて『協力して』って言われた時はビックリしましたけど、あのままお別れなんて嫌だったから、ワタシにできることがあれば~って、がんばれました」


「メイミ……」


「親ネフィリム派みたく思われちゃったあとでしたし、汚名返上できて良かったです。あの幼体の子の死は悲しかったですけど、ワタシだってネフィリムは敵って分かってるんですから」



 得意げに胸を張るメイミ。


 それより気になることが。



「あの、オレに謝るために残っててくれたのか? 病院に行って、そのあとは施設に……係の人たちを待たせて?」


「あ、それは違うんです」


「違う?」


「〖ネフィリムの言葉が分かる能力〗を役立てるため、ネフィリム研究者のマモル先生がワタシを調べることになりました」


「軍医長、コグレ少佐が?」


「はい。先生はネフィリムの最新のサンプルが手に入る最前線を、この船を動く気はないとのことなので、ワタシもこの船に乗ることになったんです」


「……」


「ユウトさん?」


「ごめん……!」



 今度はユウトが頭を下げた。



「今の世の中は『ネフィリムと戦い人類を存続させる』ためなら個人の自由を平気で奪うようになってしまっている」


「あ、はい。そうみたいですね」


「それで民間人の、しかも記憶をなくして2年前の価値観のままの君に戦場に出ることを強要して……! もし嫌なら、オレは君を連れてどこまでも──」


「ユウトさん!」



 ユウトはうつむいていた顔をメイミの両手に挟まれて、強制的に上げさせられた。至近距離にメイミの──ミコトの膨れた顔があって、鼓動が早くなる。



「メイミ……?」


「勝手に話を進めないでください。ワタシ、不本意そうに見えます? 確かに選択の自由はありませんでしたけど、ワタシはこれで良かったと思ってます」


「そうなの、か?」


「ワタシの家族も、みんな死んでるんですよね。行くアテないし、施設もつまんなそうだし。お陰でこうして、ユウトさんとまたお話できたんですから」


「う、うん……」


「だから……ワタシにもっと、他に言うことないんですか?」



 メイミが頬を膨らませる。


 ミコトもよくした仕草だ。


 ユウトはメイミに笑ってみせた。


 涙がこぼれて、ぎこちなくだが。



「君とまた会えて、これからも一緒にいられて、嬉しいよ」


「よろしい♪」

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