アフタラス・ザデルージュ
天城リョウ
第1章
第1話 幸せの絶頂
高3の夏。
「結婚してください」
「……おおっ⁉ あー、ユウトってば急に『星を見にいこう』なんて言いだすから、なにかと思えば。こうやってロマンチックなシチュを作って~ってプランだったのね。気合い入れちゃって」
「あの、ミコト……?」
「……ゴメンなさい!」
「⁉」
「あっ、お断りじゃなくて! 全く予想してなくて心の準備できてなかったからさ。こんなリアクションしちゃってゴメン、てこと。もちろん……OK、だよ」
「はぁーっ……」
ドラマのようにシリアスで劇的なシーンにはならなかったが、これはこれで自分たちらしくて良いのかも知れない。
とにかくも安堵して抱きよせると、ミコトは至近距離でこちらを見上げながら、幸せそうに微笑んで言った。
「浮気したら、ブッ殺すから♪」
「オレには君しか見えないよ……つうか、非モテのオレにそれを言う? 君のほうがよっぽど心配なんだけど」
「いやぁ、あはは……」
ミコトは誤魔化すように視線を逸らし──急にこちらの顔を掴んできた。そして強制的に空を見せられたユウトの目に、まばゆい光が飛びこんだ。
一筋の流れ星。
それも初めて見る、火球と呼ばれるほど強く大きく光る星が、長い尾を引いて星空を翔けて、山の向こうに落ちた。
「見えた?」
「うん。これを見せようとしてくれたんだ」
「そ。流星なんて普通は一瞬で消えちゃうけど今のは結構、長く光ってたから間に合ったわね。良かった。ね、なんて願った?」
「あ……なにも。そんな、とっさには」
「しょーがないなぁ。ま、アタシが『2人でずっと幸せでいられますよーに』ってお願いしといてやったから大丈夫よ♪」
「そっか。ありがとう」
「へへ。ユウト、だ~い好き♡」
「オレも、大好きだよ。ミコト」
劇的にしそこねたプロポーズを、劇的にしてくれた流星。のちにそれは琵琶湖に落ちたことが分かった。それで2人は琵琶湖の傍の教会で挙式することにした。
ユウトはまだ学生ながらVRゲームのプレイ動画の配信で大きな収益を得ているため結婚指輪を買ってもまだ、すぐに結婚式を挙げるだけの金銭的余裕があり、日程は年内に決まった。
そして、当日。
ユウトはタキシードを着て。
ミコトはウェディングドレスを着て。
大勢の列席者に見守られながら──
「ダイチ・ユウトさん。あなたは新婦を、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」
「はい。誓います」
「オオツキ・ミコトさん。あなたは新郎を、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」
「はい。誓います」
神父に答えて誓い、結婚証明書に署名して──
互いに、相手の指に結婚指輪を嵌めあって──
「それでは誓いのキスを」
ユウトがミコトの顔にかかったヴェールを上げる。ミコトは感極まったように潤ませた瞳をそっと閉じ、顔を上げた。ユウトが顔を近づけて、2人の唇がふれあう──寸前。
轟音が響いた。
ユウトは意識を失い、気づけば床に倒れていた。立てない──激痛のせいだけではない。上に折れた柱が倒れかかっていて、床との隙間に挟まれている……礼拝堂は、滅茶苦茶に崩れていた。
ウワァァァァッ‼
「ユウト‼」
「ミコト⁉」
人々の悲鳴と足音が響く中、最愛の人の声にそちらを向いて──ユウトは我が目を疑った。こちらに駆けよろうとしているミコトは、しかし背後から誰かに両腕を掴まれて動けずにいた。
誰か? いや、人ではない。
人のように直立しているが、人ではありえない異形。ミコトより、そしてユウトより大きいだろう、身長2mほどの
体側から左右3対、6本の短い腕が生えている。
上の2本はミコトの両腕に、中の2本は腹に、下の2本は両脚に、その先端から生えた鋭い爪を食いこませて、純白のドレスを血で赤く染めている。ユウトは
「ミコトを離せ‼」
「えっ──ヒッ⁉」
振りむいて、自分を捕えている者の姿に気づいたミコトの顔が恐怖に歪む。逃れようと身じろぎするが、ビクともしない。
「ユウト! ユウトーッ‼」
「ミコト! ミコトォッ‼」
泣き叫んでこちらを見つめるミコトに、マコトは必死に手を伸ばした。だが体は瓦礫の下から動かず、なんにもならなかった。
「ユウ──」
ミコトの声が途絶えた。その泣き顔も見えなくなった。
「や、やめろ……」
「やめてくれぇぇぇぇぇぇッ‼」
喉が裂けるほどに叫び、血の涙によって赤く染まったユウトの視界の中で、ミコトの体は呑みこまれていき……やがて足先まで、その全身が完全に
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼」
「ネフィリム‼」
憎き仇の名を、もう少年らしい明るさを失ってしまった声で叫び、ユウトは両手で握った長剣を怪物の首へと叩きつけた。
ギャリィィィッ‼
ネフィリムを覆う甲殻の、ユウトの剣がふれた箇所から火花が散る。すぐには斬れなかったが、押しあて続ける内に少しずつ斬りこんでいく。刀身の外周を高速回転する、無数の細かな刃が。
それは剣の形をしたチェンソー。
チェンソード、と呼ばれている。
今やネフィリムによって滅亡の淵へと追いやられている人類が、抗うために生みだした近接武器。
2年前のあの日、ネフィリムが徐々にミコトを呑みこんでいったのと同じように、チェンソーは徐々にネフィリムの肉へと食いこんでいき──ついには反対側へと到達し、その首を刎ねた。
「殺してやる‼ 1匹 残らず‼」
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