第6話 少し紹介します
私が住んでいるレーベンスは伯爵様が治める街のひとつで王都より北西に位置している。
時計塔のある広場を中心に4つに分かれ、エリアによって特徴が違う。
西区は商業が盛んな所で市場や飲食店が多い。
北区は住宅街や学校。
東区は職人のエリアで武器や機織りなどの工房が多い。
残りの南区は領主の館と騎士寮がある。
レーベンスは森に囲まれていて、南側にダンジョンと呼ばれる魔物が生まれる不思議な大穴がある。魔物が現れる南側に対魔物の訓練を受けた騎士団の駐屯地や冒険者ギルドが置かれ、一般人はあまりいない。
はじめはきれいに分かれているのが不思議だったけど、伯爵様のご先祖が住民を守るために考えた配置らしい。森の正面の南区には戦える騎士団を置いて、弱者である住人は一番離れた北区に移したようだ。
ちなみに私が働く定食屋にゃんこ亭は西区の北側にあり、住宅街にとても近くて非常に通いやすいところにある。私のアパートから歩いて15分ほどの距離で、働くには良い立地なのよね。
「アメリーちゃん、最近肌ツヤが良いわね?」
にゃんこ亭のランチタイムが終わって夕方の引き継ぎに向けて片付けをしていると、女将テレサさんが顔を近づけながら指摘してきた。
確かにファンデーションの粉は白浮きせず、化粧のりは非常に良い。思い当たる原因はひとつあるけど、正直には言えるはずもなく。
「よく寝て、バランスよく食べてるからですかね?」
「あらそれだけ? 本当?」
ジトっとした疑わしいと言わんばかりの視線を送られるが、笑顔で対応する。
「私も一応女の子ですから多少は美容に気を配りますよ。20歳超えましたしね」
「あら、効果がでるほどのバランスのとれた食事……料理の特訓でも始めたの? この心境の変化は彼氏でもできた?」
「まさかぁ、女将さんったら~もうっ! あはははは」
「そういうことにしておくわ~うふ、ふふふふふ」
ドキリとした動揺を隠すように女将さんと笑い合う。
私は嘘は言っていない……はず。
でも見知らぬ男を拾って、同居し、ご飯を作ってもらっているだなんて言えるわけがない。むしろ料理なんて2週間していない。栄養バランスは全てシェルトが完璧に整えている。
そう2週間たってしまったのだ。毎朝仕事にでる前に新居を探しなさいよ、とは言うがシェルトが笑って流してしまう。つまり引っ越す気配は今のところない。
「アメリーちゃんに彼氏ができたら紹介しろよ? 俺が見極めてやるからなぁ。だよな? テレサ」
「マスターまで!」
私たちの話に加わってきたのは、女将テレサさんの夫で店主のジョーイさん。私もお客様もマスターと呼んでいる。
「そうね、ジョーイ! アメリーちゃん、必ず言うのよ?あなたには幸せになってもらわないと」
「は、はい」
二人に距離を詰められ気迫あるお願いに、私は顔を引き攣らせながら必死に頷く。過保護な二人に困惑するものの、嫌ではない。
両親が亡くなり、身寄りもなく、慣れぬこの街レーベンスで親代わりのように善くしてくれていた二人は私の恩人。
困惑してしまっているのは、本当の娘のように思ってくれていて……恥ずかしいから。
そして、アパートの大家でもある二人にシェルトが住み着いていることを内緒にしているから、後ろめたさが半端ない。
背中に一筋の汗が流れるのを感じながら、ニコニコと二人を落ち着かせようと新しい話題を考える。
するとカランッと扉の鈴の音がなり、一組の男女が入ってくる。
「マスター、ママさんお疲れ様ですぅ~」
「「リコリスちゃん、お疲れ様」」
先に挨拶したのは女の子の方で、ゆるく下の方で結ばれた茶髪のツインテールでまとめ、結び目には大きめのふんわりリボンが結ばれている。実に可愛らしい女の子。
「アメリーさんもお疲れ様ですぅ」
「お疲れ様、リコリス。今日も可愛い髪型ね。リコリスにピッタリ」
「わぁ~嬉しい♪」
褒めながら頭をポンと撫でると、リコリスはほんのり頬染めて照れながら喜んだ。
遅番の看板娘で、妹のような可愛い年下の女の子。
「リコリスは相変わらずベッタリだな。よ、お疲れ様アメリー」
「お疲れ様、ジャック」
リコリスの後ろから食材の箱を持ちながらお店に入ってきたのは店主夫妻の一人息子ジャック。
昼の厨房はマスター担当で、夜の担当はジャックが務めている。
にゃんこ亭のもう一人のシェフだ。ちなみに夜になると少しお酒もだすようになるので、マスターと女将さんがピークタイムだけ手伝うようになっている。
「ジャックとリコリスは一緒に来たのね」
「へへ、そうなんだよ〜」
「いえいえ! ほぼ扉の前で偶然バッタリですよぉ、5メートルくらいの距離は一緒のうちに入りませんってばぁ」
少し照れながら答えるジャックをリコリスはバッサリ否定する。ジャックは肩を落として厨房へと入っていき、マスターと女将さんにしっかりしろと肘でつつかれていた。ジャックの片思いの成就への道のりは長そうだ。
私も店主夫妻と同じく笑ってしまいそうなので、帰ろうかなとエプロンを外す。
「では、お二人が来たので私は帰りますね」
「えぇ~アメリーさん、もうお帰りですか?」
リコリスが口を少し尖らせながら拗ねはじめる。
「あら、仕事残ってる?」
「そうじゃなくてぇ。前はもう少しお話ししてから帰っていたのに、最近すぐ帰っちゃうんですもん……」
「そうかな?」
「はい……まさか……アメリーさんに男ですか!?」
リコリスがショックを受けたような顔で、両手を掴む。
「あら、リコリスちゃんもそう思う? 最近アメリーちゃんったら綺麗になったと思ってたのよ~」
女将さんはまだ彼氏疑惑について諦めていなかったようで、便乗してきてしまった。
残念ながら鎮火した話題が再燃し、マスターとジャックに助けを求める視線を送るが、彼らは隠れてしまった。
諦めて女将さんとリコリスに向き直る。
「なんで、ふたりともそうなるんですか?」
「だって~アメリーさんったら先々週、遅刻ギリギリのすっぴん出勤だったのでしょう? まさか泊まり……いえ、連れ込み? それともお持ち帰りされて? そんな、同棲!?」
リコリスの想像が広がり、同棲のワードで思わずピクッと肩を揺らしてしまった。
「――っ」
「アメリーさん! 同棲してるですか!?」
リコリスはそれを見逃さず追及してくる。女将さんの目は光り、隠れていたはずのマスターとジャックも注目してきた。
何やってるのよ私。
「真面目なアメリーちゃんが、まさか友達を数日泊めるならいざ知らず……同棲はなぁ?」
「そうそう、アメリーは筋は通す人だって母さんもリコリスも知ってだろ? 同棲するなら教えてくれるって」
マスターとジャックがフォローしてくれるが、その優しさが今は辛い。
私も本当は数日のつもりだったのよ?
でも確かに2週間も経てば同棲とも言えるほどの時間かもしれない。信用してくれているのに、その人たちに隠していることの罪悪感が辛い。
でも……言ったら駄目な気がする。シェルトが他人の男で無ければ簡単に打ち明けられるのに……そう人でなければ。
「実は今、一人暮らしじゃないんです」
私は拳を握りしめて告白した。
「迷い犬を拾ってしまったんです! 弱々しかったので数日だけ保護するつもりが懐いてしまって、今アパートで一緒に住んでいるんです。夕御飯の時間がだいたい決まってて……早く帰りたいなぁ~なぁんて……」
ギリギリ嘘は言っていない!
シェルトから見える耳と尻尾は幻覚ではない! きっと犬が人間に化けた姿だという設定にして、あたかも事実のように説明した。
そしてきょとんとした顔のマスターに向き直る。
「大家であるマスターたちに無断で動物を住まわしてごめんなさい。躾は大丈夫なので、近所に迷惑をかけませんので、許してください。新しい飼い主が見つかるまでお願いします」
私は深々と頭を下げた。すると豪快な笑い声が店に響いた。
「あはははは、躾が行き届いているなら仕方ないなぁ。しっかり面倒見ろよ?」
「わんこもアメリーに拾われてラッキーだな」
「ありがとうございます、マスター!ジャック!」
女将さんもリコリスもなんだぁと笑い、なんとか信じてくれてホッとする。
しかし、あまり突っ込まれるとボロがでそうだ。私は畳みかけていたエプロンを一纏めにして、逃げるようにお店の扉に向かう。
「という事で、お先に失礼しまーす!」
「「お疲れ様ー」」
そして真っ直ぐアパートに帰ると、いつものように美味しそうな香りを漂わせ、エプロン姿で彼は待っていた。
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