第17話「勇者の特訓」
今までの自分を見直したニア。祖父の遺した剣は確かに強力だった。だがその力に頼って戦っていたのもまた事実である。魔法銀の加護は確かに絶大だったが、それを自分の力だと過信していた驕りを捨て去る決意を持ったのだ。
新たにフィニクに剣を基礎から習い始めた。祖父が亡くなってからは誰にも耳も貸さず、我流でやってきたやり方を改めた。さらに宿に着いて、フィニクとカトスが寝付いてからもひたすらに宿の裏の空き地で剣を振るった。ただの剣すら使いこなせずして何の勇者か。そんな思いがニアの頭にあった。
「ほほう。少しはマシになったか」
夜中の孤独な特訓中、再びジーヴァの影が現れた。マシになった、という言葉に張りつめていたニアの心は少し楽になった。
もっとも剣術ド素人の魔王としては違いが今一わからない。しかし必死に努力するニアをちょっとは褒めてやらねば、という思いから発しただけの言葉なのである。
「だがまだまだだな。魔王島へ至る道には一騎当千の魔物を幾百も配している。これぐらいのことはできないと困る」
そうジーヴァは言うと指をパチンと鳴らした。突如高さニ、三メートルはある岩が現れた。
「その剣でこの岩を真っ二つにできるようにならねばな。果たして非力なお前にできるかな?」
「なんの、これくらい!」
ニアは全力で岩に斬りかかった。もちろん斬れるはずが無かった。剣は無情にも跳ね返され、手には痺れだけが残った。
「フハハハ、まだまだ甘い。これでは魔王島どころか、途中で力尽きるのがオチだ。やはりこの勝負は私の勝利と決まったようなものよ」
魔王のこれでもかという嘲りに、しかし逆にニアは燃えた。このくらいの岩、すぐにでも真っ二つに斬れるようになってやると決心した。
しかしさすがに鋼の剣であの岩は無茶振りだと、その様子をモニターしていたハンヌからは注意された。ジーヴァとしては昔読んだ漫画のシーンを参考にしたのだが、さすがにハードルが高すぎたかなと密かに反省した。だがその心配はすぐに覆された。
(この硬い岩に剣をただ叩きつければ跳ね返されるだけだ)
ニアも気付きつつあった。今までは祖父の剣の持つ力を頼みにして、全力で殴る戦法を採って来た。しかし一般的な剣を用いては非力な自分でそんなことは到底できない。ならば最小の力でも岩の最も弱いところを無駄無く突けば良いのではと思った。
「どうだ、この前の岩は斬れたかな」
再び夜中の練習の様子を見に来たジーヴァ。岩の試練はさすがに可哀想だったと、こっそり見えないところで回収するつもりだった。だが、ニアが夜も絶えず練習し続けているためその機会を逃していたのだ。そしてついに彼の眼前でニアは岩を真っ二つにしてみせた。
「魔王か。貴様の言う通りにしてやった。どうだ」
誇らしげに自慢するニア。確かに硬い岩が滑らかな断面を晒して一刀両断されていた。内心はビビっているジーヴァだが、そんなことは決して悟られてはいけない。そしてすぐにでも次の宿題を課さねばならない。鉄は熱いうちに打て、とも言うのである。
「フフン、所詮は動かぬ岩ではないか。その程度ではなんの自慢にもならんぞ。動く魔物相手に勝てないのでは話にならん。こいつらを相手にしてもらおうではないか」
出来立てほやほやのゴブリン三体を魔王は連れて来た。地下の魔法工房直送でまだ湯気が上がっている彼らを相手に、ニアへ勝負をけしかけた。
「今の私なら行ける!」
最近は一番初歩的な敵であるゴブリンにすら苦戦していたニア。だが、岩を斬ったことで剣術のコツを掴みつつあった。
このためにわざわざオプションの剣を装備させたゴブリン達だったが、一度も刃を交えることもなく、ニアは難なく斬り伏せて泥へ戻してしまった。
(あ、ヤバ……設問が簡単すぎたのか。えーっとどうしようか。じゃあ、こいつで行ってみるか)
焦ったジーヴァは次の魔物を召喚した。製造コストが高いがこの際、強いガーゴイルにしてみた。これならば多少は時間稼ぎになるだろう。しかしこの目論見は甘かったようで、ニアは意外に善戦しているのだ。そんな様子をやきもきしながら見ていた魔王だが、最後はやはり順当にガーゴイルによってねじ伏せられた。
「今日のところはこんなもんだな。どれ、私が部屋まで連れて行ってやる」
魔王はニアを抱きかかえた。驚くほど軽かった。そんな彼女が重い使命感を持って今日まで戦っている事実を改めて意識した。
「……魔王、すまぬ。明日も是非あのガーゴイルを連れて来てくれ。剣を練習したい」
半分寝ぼけながらニアは懇願した。「わかった」とだけ答えると魔王は勇者をベッドへ優しく横たえた。
(日本ならまだ高校生だろう? そんな彼女がここまでして頑張っているんだ)
そう思い、疲れから泥のように眠り込む勇者へ優しく毛布をかけてやるジーヴァだった。
それからは毎日夜になるとガーゴイルを伴っては、ニアの宿を訪れるようになった魔王ジーヴァ。とはいえ剣術の基本など全く知らない彼はただ隅で体育座りしながらニアの練習を見ているだけである。それでも日に日に技術が向上しているのか、無駄な動きが減って息が上がらなくなっている。
「魔王様、さすがに勘弁してください」
次第に練習台となっているガーゴイルが泣いて頼んで来るようになった。それでも刀傷であちこちガタガタになった魔物に回復魔法をかけ無理矢理ニアの練習相手をさせた。我ながらひどいブラック企業だなぁと思う魔王である。
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