第16話「魔王の発破」
剣を失ったニアはスランプに陥った。正確に言えば祖父の剣の加護が無くなっただけなのだが、周囲はそのように見た。代わりに一般的な鋼鉄製の剣を購入したのだが、今のニアではそれですら完全には使いこなせず、彼女はせいぜい二流止まりの剣士になってしまったのだ。
これまでは先頭を切って、自ら率先して魔物と戦い勝利を手にして来た彼女だった。しかし今となってはでは戦力としては計算しづらく、二人の従者がかかりっきりで彼女を支え、身を挺して護り、面倒を見ながら戦う状況が続いている。自然魔物の強い魔王島近辺や大陸北部からは足が遠のき、大陸の各地をなるべく弱い魔物を求めて行脚するような有様だった。
ジーヴァの指示でなるべく今の彼女で勝てる魔物を派遣するように手心を加え、調整した。だが既に八面六臂の活躍をする勇者ニアを見慣れていたティグロ王国の人々はもはやそれでは満足しなかった。そしてそんな停滞した状況をドゥラコ王国の人々は冷ややかに見ていた。
(こんなはずじゃなかった。どうしてこうなってしまったのか。お爺様、私はどうすれば良いの?)
そんなことを一人暗い宿の部屋で思い悩んだ。そして新しき勇者は折れた祖父の剣を見ては打ちひしがれる日々を送っていた。
「まずいな、この状況は」
魔王ジーヴァはニアの今後をどうするべきか緊急会議を招集した。といっても面子めんつと言えばいつもの面々。ガーネとハンヌ、そして地下から無理矢理連れて来たルダの三人でしかない。
「ティグロ国王からもやんわりと不満の手紙が来てますね。あんまりシリアスで暗い状態が長く続くと民から不満が起こる。そろそろ胸がスカッとするような明るい展開が欲しい、と注文が付きました」
淡々と手紙を読みながらも、代読担当のハンヌは人間達の手前勝手な論理にイライラしていた。
「いやー、でもどうするよ。前の強いニアじゃ馬鹿正直に魔王が殺されかねないし。かと言って弱いままのニアでも冒険が盛り上がらずで、ティグロ王国からの裏金が減ってあたしらが飢え死にしちゃう。これじゃどっちも駄目じゃん」
口調は明るいが、珍しくまともな意見を言うガーネ。それくらい事態は切迫していた。
一方のルダは黙っていた。この状況を打開する策を講じていたのだが、ちっとも妙案は浮かばない。何より参謀のハンヌですらお手上げなら、本来技術職である自分に出来ることなどあるのだろうかと思っていたからだ。
「要はニアを前のように大活躍させた上で、この八百長に付き合わせれば良いんだろ?」
ジーヴァの率直な提案だが、そんな都合の良い展開がある訳がないと三人からはブーイングの嵐だった。
「魔王は簡単にそんなこと言うけどさ、あのニアって相当なお爺ちゃん子でしょ?お爺ちゃん大好き~なんて言ってる内は絶対曲げる気はない、とあたしは見るね。はぁ~一六にもなるんだからそーいうの早く卒業してくれ~って思うよ、マジで」
その言葉を聞いて何かに気付いたようなジーヴァだった。
「ちょっと出かけて来る」
肝心要の議長たる魔王がいなくなっては、自然と会議はお開きとなった。あとはただの菓子を食べつつ駄弁だべる、いつもの流れとなった。
「どうすれば卒業できるのだ?」
ルダはガーネに聞いた。唯一の心の支えである存在をそう簡単に人が捨てることなどできるか甚だ疑問だったのだ。
「婆ちゃん、そういうところはまだお子ちゃまだね~。他に目標が出来れば良いんだよ。例えば……何だろ?」
自分の発言に最後まで責任を持てないあたりがガーネらしいところだった。だがそれはジーヴァにヒントを与えることとなったのだ。
「神よ、このニアに力をお与えください……」
今日も戦いは上手く行かなかった。今までは難なく倒せていたゴブリンにも苦戦した。自分が度々ピンチに陥り、彼女のことを身を投げ打って護ろうとしたフィニク。彼は新記録となる五日連続で死にかけている。その治療と攻撃魔法の負担でカトスも疲労困憊の様子だ。
順調だった旅の序盤とは打って変わって、最近は辛酸を舐める展開が続いている。そしてそれがいつ打開され光明が見えるのか、全く希望が持てなかった。
宿のベッドの上には無残にも刀身が途中から綺麗さっぱり失われた、祖父の形見の剣が置かれている。この折れた剣を見る度に厳しくも優しかった祖父の想い出が頭を駆け巡り、自然と涙がこぼれた。
「ふん、情けない。それでもお前は新しき勇者か?」
突然男の声が部屋に響いた。それにハッとしてニアは顔を上げ、後ろを振り向いた。誰もいないはずのニアの部屋に黒い影が立っていた。
「貴様は……魔王ジーヴァ!」
「久しぶりだな、勇者ニア。近頃とんとお前の良い評判を聞かない。どうしているかと思いきや、こんなところで一人メソメソと……」
憎き魔王にそう指摘され、ニアは慌てて涙に濡れた目を拭い擦った。
「貴様には関係が無いことだ。今すぐにでもお前の首をとってやる!」
そう叫ぶと、少女は壁に立てかけてあった鋼の剣に手を伸ばした。
「ふん、そんな安物の剣で私の命が取れるものかよ。しかし今のお前はその剣ですらも使いこなせない。ならば何故使いこなせるよう修行をしない? それで勇者を名乗るなど笑止千万」
小馬鹿にするようにジーヴァは言い放つ。
「そんなことを貴様に言われる筋合いなど無い!」
確かに無かった。生まれてこの方、『努力』の二文字とはもっとも縁遠い人生を送って来たジーヴァ。だがこの際多少自分のことを棚に上げてでも、とにかくこの少女を出来レースへ復帰させるために発破をかけてやらねばならない。
「剣の修行など今までもやっていた。すぐにこの剣だって使いこなして見せる!」
「フハハハハ、言うことだけは一人前だな。では修行の成果をいずれ見せてもらおう。今日のところは失礼する……」
そう言い残すとジーヴァの影はふっと消えた。
(いつか貴様を見返してやる!)
ニアはもう涙を流す気は無かった。こうして憎き魔王に直接笑われたのが何よりも許せなかった。彼女は決心した。安物の剣でも良い。とにかく少しでも練習をして、早く戦えるようにならねばならないのだ。
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