第40話 顔見知りが死神だった話

 二〇二二年五月。二年四組の担任になって一ヶ月が経つ。

 このクラスには三名の問題児がいる。いわゆる不良生徒の水島みずしま藤原ふじわら。そして、不登校気味の宇野うのだ。この二人と一人は大変仲が悪い。

 一限目の休み時間には、スマートフォンを巡るトラブルの末、宇野が教室から脱走する事件があったとの報告を受けた。報告者いわく、宇野が来る度に水島と藤原が水を得た魚の如く絡みに行くため、何も起こらない日は限りなく無に等しいのだとか。

 自分が独断と偏見で決めた席も要因の一つなのだろう。教師の目が行き届くよう、問題児の席は前の方を選ぶべし――という先輩がたの教えを、自分は何も考えずに実行してしまった。一言に問題児と言っても、素行の悪い問題児と欠席の多い問題児を同列に扱うべきではなかったと、今はそれなりに反省している。

 宇野は登校さえすれば体育以外は真面目に受けて行くし、小テストも良く出来ている。そこは心配していない。問題は出席日数の少なさと、あの二人との険悪な関係に尽きる。

「透かしてんじゃねーよ! ルアーで釣るぞゴラァ!」

「丸い掃除機で吸うぞゴラァ!」

 ホームルームを始めるため、大欠伸をしながら教室に戻ったところ、とうとうその現場に遭遇した。今日は厄日だ。

 宇野の席を取り囲む水島と藤原。座ったまま二人を睨み付ける宇野。三猿を決め込む他の生徒達。面倒臭い。関わりたくない。が、居合わせた以上そういう訳にもいかない。曲がりなりにも担任だ。嫌々ながら三人に近付いてゆき、恐る恐る声を掛けた。

「二人とも、もうその辺に――」

「あ?」

「……」

 振り返った水島の眼光は、どこかの組長を想起させる凄みがあった。余りのおっかなさに顔が引きつる。

 不良生徒二名に大いに脅かされていると、宇野が無言で立ち上がり、引っ掴んだバッグを肩に提げて背を向けた。ホームルームをすっ飛ばして下校するつもりらしい。

「おい! また逃げんのかよ!」

「ヘタレ野郎! バシルーラ!」

 水島達の罵倒を無視し、宇野はつかつかと教室を出て言った。


 * *


 夜の市民公園にて。藍色のオーバーコートを纏った少年は、殴り付けるような雷雨の中、大鎌を片手に人を待っていた。

 今日は複数の裏切り者の凶行により、多数の人間が命を落とした。公園内では、現在進行形で戦闘が行われている。少年が待っているのは、間もなく応援に来るという隣の部署の死神だ。死神の能力を半分しか引き出せない少年は、今日その死神と組むことになっている。

「ったく、さっさと来いよ。くそったれが……!」

 溜まった鬱憤を一秒でも早く晴らしたい。今日は珍しく学校に来ていた宇野なぎさで鬱憤晴らしを試みたものの、奴の透かした態度に余計に腹が立っただけで、思ったほど上手くはいかなかった。

 ひとしきり苛々したところで、聞こえていた雨音に足音が紛れ込んだ。やっとご到着か。

「おせーんだよっ! ちんたらしてんじゃ――」

 暴言と共に勢い良くそちらを振り向いた少年は、完全に言葉を失った。

 てっきり普通くろの死神が来るものと思っていたが、そこに立っていたのは菫色の死神だった。藍色の死神と同じくらい稀有な存在。そんな稀有な死神が隣の部署にいたことに驚くと同時に、少年はある衝撃の事実に気付く。

「は……」

 あんぐりしながら、少年は間抜けな声を発した。

 一瞬、菫色の死神が笑った。笑ったといっても、明らかに人を小馬鹿にした薄ら笑いだが。

「沐猴にして冠すとは良く言ったものだ」

 菫色の死神――宇野渚は、汚物を見るような眼差しを寄越しながら、傲然とした態度で悪口とおぼしき台詞を吐き捨てた。

「はああああっ?」

 動揺を極めた少年――水島の絶叫が虚しく木霊した。

 この状況はなんだ。なんの冗談だ。自分は死神でこいつも死神でこいつが死神で自分も死神でやっぱり自分は死神でどう見てもこいつも死神で死神が死神で死神は死神の死神で死神。

「おーい! アレス! メルクリウス! 合流したんなら、早く手伝ってくれよ!」

 水島が世話役の呼び声で正気に戻った時、既に宇野渚は歩みを再開していた。彼はもうこちらには見向きもせず、涼しい顔で水島を置き去りにした。

「ちょ、ちょっ、ちょっと待て!」

「待たん」

 咄嗟の発言は足蹴にされた。

 見下していた相手から道端のゴミのような扱いを受けたことにより、水島のちっぽけなプライドは粉微塵と化した。


 * *


すず。聞いて欲しいことがあるんだけど……」

「どうしたの? いつき君」

 宇野樹のしょんぼりした顔は、諸星もろほし鈴に言い知れぬ不安をもたらした。

 また死神の仕事のことで悩んでいるのかも知れない。心配だ。悩みがあるのなら、是非とも相談して欲しい。そんな純粋な想いで、鈴は樹の次の言葉を待った。

「実は」

「うん」

「昨日の夜から、渚がずっと不機嫌なんだ」

 ずっこけた。

「話し掛けたら怖い顔になるし、いつもより罵倒に磨きが掛かってるし。僕、何か嫌われるようなことしたかな……」

「……樹君。言いにくいんだけど」

「うん?」

「もう良い歳なんだから、そろそろブラコン卒業し――いひゃい!」

 鈴が至極真っ当と信じて発した言葉は、樹の逆ギレを誘発する結果に終わった。



【間章4 End】

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