第37話 スイカ

 バッティングセンター帰りに立ち寄った、みんみんの餃子は美味しかった。久々に自分は餃子が好物だったんだと思い出した。アオイは、お酢だけで餃子を食べていた。「これがで美味しいのよ」と豪語していた。笑った。リョウタは餃子とご飯、ラーメンを平らげると、更に、ご飯をお代わりして、みんなで止めたら食いしん坊は逆上して、ケンゴの分の餃子までを食べちゃって……あぁ、楽しかった。


——やはり、お店で食べたから美味しいのか?……同じ餃子なのに不思議だ


 金曜の夜。ハヤトの気がかりな発言の立証も取れぬまま、とうとう来てしまった決勝戦前夜。気分は憂鬱。もちゃもちゃと口の中に押し込んだ食べ物。咀嚼を繰り返すも、なかなか、喉を通らない。今にも外へと漏れそうな溜め息を、嚙み砕いた餃子とともに飲み込んだ。


「どうしたの、シンちゃん。具合悪いの」

「口に合わなかったかな」

「トシカズさん。そんなことはないですよ。シンちゃんは昔から、ここの餃子が大好物なんですから」


 さっきから自分の話題を、目の前の二人が話している。当たり障りのないことだけど、なんだか不服だ。決して悪口を言われてる訳ではない。気を使われているのも分かる。だからこそ、空気が淀み重く感じるのかもしれない。


 気不味い雰囲気の中「一人で食べたいです」とも言い出せるわけが無く、ご飯はますます進まなくなる。

 つい最近、父のことを思い出してしまったせいなのだろうか。いつもはもう少し社交的に接することが出来るのに……今日は、なぜだか落ち着かない。


「ホント、どうしたの。シンちゃん。おかしいわよ」

「あ、明日、試合だからかな。落ち着かなくって、ちょっと素振りしてくるよ」


 とりあえず、出された食事をかき込む。逃げるように家を出た。一瞬だけ降ってやんだ白雨の後。湿っぽい夜風でも、不思議と外の空気は心地よく感じられた。ビュン!とSSKのバットが空を切るたびに少しずつ心が晴れていく。



 カツン!


 ガードレールに小石が当たる。犯人は皆目検討はついている。


「危ねぇーだろ!」

「シンジもスイカ、食べる?」


 小川の先の橋向こう。赤石橋を渡る車のヘッドライトの明かりが、彼女を照らす。夜でも輝かしい程の笑顔を溢すエースピッチャーは、今日の自分には眩し過ぎた。目を細め橋を渡る。橋向こうから見る自分の家が、自分の家ではないような感覚がした。


「脛、まだ痛いんですけど」

「ごめんって。だから、こうして……はい、スイカ」


彼女なりに非礼を詫びているようだった。


「もし、七回まで同点で、九回でも決着がつかなくて、私が投げれなくなったとして……シンジなら、どうする」

「ケンゴの言ってたタイブレークの話か……審判に止められても投げてやるって意気込んでたのに、随分と弱気だな」


 代えのピッチャー問題が浮上し、今週からはヨシユキとユイナにも投球練習を課している。しかし、どちらが投げるかは決まっていない。決められていない。


「ふざけないで、ヨシユキが投げるか……それとも……。」

「まぁ、ユイナの方が良いだろうな。でも、本人がなぁ」


——ユイナはピッチャーをやりたいのだろうか?


「ユイナはピッチャーの辛い経験しかないの、でも、シンジとなら……」


「お姉ちゃん、呼んだ?……あっ、スイカ!」

「あっ!ごめん、ぜんぶ食べちゃった」

「お母さん。お姉ちゃんがスイカ全部たべちゃったよぉ」


 ユイナの情け無い声が白峰家に響く。踵を返しドタドタと床を走る音がする。母親に直訴しに行ったのだろう。


——俺も共犯なのか?

少し不安に思い、隣の少女を見た。


「何でもないわ。今の話は忘れて。私は絶対に出塁するから、アンタは打ちなさい。タイブレークまでに点を入れるのよ。そしたら完封よ、完封」



「へいへい」

「アンタも気合い入れなさい」

「ウッス!」

「なによ、それ」


 破顔のエースピッチャーと互いに顔を見合わせる。つられて自分もゲラゲラと笑った。こんな状況でも笑えるって最高かもな——なんて思った。


「そうだ、アオイ。聞いておきたいことが……」

——今なら言えるかもしれない。

「なによ」


 ジトっと纏わりつくような夜風が擦れる。さっきまでの白雨の匂いが通り過ぎた。小川の音がいつもよりも激しく、高鳴る鼓動と同調するように流れていた。

 ハヤトの言ってた事が本当だとして、アオイが肩を痛めていたとして、自分はどうすれば良い?自分に何が出来る?


「だから、なに?」


「……絶対に明日は優勝しような」

「当たり前じゃない」


 目の前の少女はギラギラと、夏の満点の星空を瞳に宿しながら、にこりと微笑んだ。

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