第32話 バッティングセンター

 本日は生憎の雨である。天気予報の通りの雨である。夏の雨にしてはシトシトと、冷気を纏った雨である。気落ちしそうなほどの天気なのに、今日のバッティングは、すこぶる調子が良かった。


『ホームラン、おめでとうございます。ゲームが終わりましたら、カウンターまで、お越しください』


「また、シンジかよ。スゲーな!」

 コウスケの感嘆の声が心地よい。


 何故、皆でバッティングセンターにいるか。話は四時間前、給食の後の昼休みにまでさかのぼる。




 ジトっとした教室でトランプをしながら練習メニューを話し合っていた。


「やっぱ、筋トレだろ。筋トレは場所を選ばない」

「駐輪場なら、素振りくらいは出来そうだな」

「俺んちでパワプロはどーよ」

「ヨシユキ、アンタ、真面目に考えなさいよ」


 あーでもない、こーでもないと答えの出ないまま、トランプは束になっていく。


「やっぱ、筋トレだろ」

「もう、コウスケは黙っててくれ」

「ヨッシャ、上がり〜。またまた、大富豪!」

「また、アオイかよ」


 ヨシユキの眉間に皺が寄ったところで、教室はざわっと空気が変わる。さっきまで活気のあった教室は静まり、言葉にもならないような騒めきが木霊する。室内に漂う異様な空気感。大概、このような場合は先生が入ってきたと相場は決まっているが、今回は違った。


「……ケンゴ」


 自分の発した声に、生徒の視線は自ずと自分に集まる。


「今日の練習はバッティングセンターに行くのが良いかと」


 高学年の教室にもかかわらず、ズカズカと、何食わぬ顔で入ってくるあたりがケンゴらしい。


「それ、イイわね!」

 パチンと指を鳴らす大富豪の鶴の一声。

「ヨッシャ、オヤジに車、出せるか聞いてみるか。今日は現場も休みで、やることないって嘆いてたし」


 ヨシユキの後押しも決まり、トントン拍子で話が進む。主力メンバー限定という交換条件のもと、キョウコ先生も納得してくれた。むしろ、


「私も引率します」「車を出します」

 と凄く乗り気だ。



 そして、今に至る。

 意気揚々とサービスカウンターへ。ホームラン賞は、もう一回できるバッティングカードか、うまい棒が三本。


「バッティングカードで」

「本当は投げて当てたんじゃ無いの」


 本日、三度目のホームラン賞を訝しみ、睨め付ける中年店員。


あぁ、ここの店員、愛想が悪かったな。ーー

なんて、昔を思い出す。(まっ、いいか。二枚もサービス券もらったし)


「あっ、じゃあ……」いいですと言うところで肩を叩かれる。


「そいつはそんなことする奴じゃ無いよ」

 声のする方へ顔が自然と動いた。

 眉間に皺を寄せたユウキが佇む。


「オジサン、ちゃんと見てた。僕はちゃんと見てたんだけど。隣で、しっかりと、見てたんだけど」

「おっ、俺だって、モニター越しに……さては、オマエらグルだろ。最近、多いんだよ。学生の悪ふざけが」


 いちゃもんだ。根も葉もない。しかし、大人に対し、ガキ二人では心許ない。ましてや、部活動の一環としてココに居る。ユウキの訴えは嬉しい。凄く嬉しい。最初は融通が効かない奴だとばっかり思っていた。そんなユウキが、いや、そんなユウキだからこそ、今の状況はむしゃくしゃもしたが救いがあった。


 自分も正論を述べたい、真実を語りたい、と思った。しかし、部の一員として、目の前のユウキの為にも、皆に迷惑はかけられない、とも思った。


「ユウキ……ありがとう、もう」

「もういい」と言いかけた、その時だった。


「いっけないんだ〜。オジサン、見てただなんて、嘘はダメだよ」


 悪戯を見つけた生徒のような話し方。ねっとりとした声の主を見つけた。

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