第30話 ラムネ

 カコンと音を立て、溶けた氷がクーラーボックスの底に沈む。


「はーい。こっち。ほら、ジャンジャン入れなさい。急速冷凍よ。キンキンに冷やすわ。ヨシユキ、アンタは三本よ。三本、分かってるわね」

「分かってるつーの」



 少女はガラリと氷水に手を突っ込み、水色のガラス瓶をサルベージした。冷水が滴るビー玉入りのガラス瓶を頬にくっつける。


「クゥー、夏はやっぱりコレよね。ほら、シンジ、一本あげるわ。有り難く勝利の美酒に酔いしれなさい」

「ありがとう……って、コレ、ラムネだろ」


「おぃ、それは俺が買ったヤツだぞ。勝手にあげてんじゃねーよ」

「ハッハッハッ!アオイは昔っから、ラムネが好きだったからな」


 屈強な少年の高笑い。太い腕で凸のあるプラスチックをビー玉に押し当てる。カチュッ!っという音と共に、泡色が噴き上げる。


「ヨシユキ!駄目よ、アンタは賭けに負けたんだから」


 視線はクーラーボックスに戻される。スルリと伸びるヨシユキの手をパシリと叩き、アオイが牽制する。


「賭け?どういう事だ」

 嫌な予感がする。



「普通に考えて、言うとは思わねぇーだろ」

「まぁ、確かに……さすがに僕もマウンドで言うとは思わなかったね」


 ハヤトが二本、ラムネのビンを引き上げる。


「はい、ユイナちゃん」

「でも、わたし……」

「賭けをしてないだけで、信じてたんでしょ」


「はい!」と元気よく返事してラムネを受け取る、満面の笑みが溢れるユイナ。


「私は信じてました。シンジさんがチームを大切をしている事……」


 照れ臭い。目を伏せる。クーラーボックスのラムネは残り一本。一年生は流石に参加してなさそうだ。首を傾げる。ザシュッ!と素早くラムネを引き抜く手。伝うように目線は腕、首、そして顔へ。


「ユウキ?」

「なんだ。こんな簡単な賭けに僕が負けるとでも思ったか……ほら、タツヤ。どうせ、ヨシユキに言いくるめられたんだろ」


 そう言って、プイっと顔を背けて、ラムネをタツヤに手渡した。


––口は悪いが、コイツも信じてくれたのだろうか?


「アンタ、まだ炭酸が飲めないの?」

「う、五月蝿い。誰だって苦手なもんはあるだろ」

「おっ、またメントス入れてやろうか」

「ヨシユキは黙ってろ」


 どうやら、メメントス事件というものがあってから、ユウキは炭酸が飲めなくなったらしいが、真相は掴めない。思い出ばなしに花を咲かせる仲間達が羨ましい。


「アオイ先輩。自分もヨシユキ先輩に言いくるめられまして」

「リョウタはダメよ。これ以上、肥えたら病気になるでしょ」

「では、わたくしめが」


 アオイはケンゴをキッと睨むと、二本目を一気に飲み干す。天を仰ぐようにして、ラムネを豪快に流し込む。


「ほら、シンジ。さっさと飲んでアップ始めるわよ。私の球が受けたいんでしょ」

「決勝は来週だろ」


「あら、そうだったかしら」と笑みを溢す。ニターっと、狙い澄ましたかのような微笑み。先程のマウンド上を思い出す。嫌味な奴だ。


 勢いよく飲み干すラムネ。甘いのに刺激的な清涼感が溢れる炭酸水。空ガラス瓶の中、ビー玉の遊泳。チリン、チリンと風鈴のような音色が、夏空に木霊した。

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