第24話 惑い
四回表。相手二番を内野フライで打ち取るも、二巡目のクリーンナップは手強い。三番バッターがセンター前に綺麗に弾き返した。
四球やエラーでランナーを出すことがあったが、ヒットは本日、初めての記録になる。それだけ、相手打者のタイミングが合ってきている。
ランナーは一塁、アオイは牽制でランナーを留めつつ、クイックモーションで投げる。
普段は大きく振りかぶる投球スタイルとは異なり、セットポジションからの投球。腿上げはほどほどに、テイクバックも小さく取る。出来るだけ素早く投げるための工夫を施す。
体の捻りと手首のスナップを効かせて投げるも、その直球に、残念ながら勢いはない。それでも、持ち前の制球力と、潜水艦のように浮き上がるストレート、緩急のあるスローカーブを武器に、何とか四番と渡り歩いていた。
ツーストライクと追い込む。しかし、さすがは四番。そう簡単に沈みはしない。三球ファールで粘られると、雲行きがどうも怪しい。
一振り、一振りで流れを持っていかれているような、異様な威圧感を感じる。そして、彼に投じた七球目。痛烈な打球がショートを襲った。
イレギュラーだったのかもしれない。ユウキにしては珍しいエラーが記録される。しかも、弾かれた白球はレフトの前を転々と転がる。隙をついた一塁ランナーが、三塁まで進んだ。
極めつけは六番打者の犠牲フライ。とうとう一対一の同点に追いつかれた。この一点を皮切りに試合展開が大きく動く。
七番バッターは囁く。そう七番はあの忌々しいキャッチャー。守備ではない、攻撃でさえバッターボックスで囁く。その不敵な笑いと言動は、珍妙にして不気味としか思えない。
「良かったね。コレで晴れて全国に羽ばたく宝木中の一員に近づいた。さぞやトモヤも喜ぶことだろうよ。トモヤは、ずっと君と野球がやれないことを悔やんでいたからね」
ツーストライクと早めに追い込むものの、スローカーブのキレが悪い。満身創痍とまではいかないものの腕の振りが鈍いようにも感じる。ご自慢のストレートに今ひとつ勢いがない。伝家の宝刀、渾身のストレートは、制球が定まらず、ボール球が先行する。
「強いチームで戦いたい。それはプロでも同じこと。君は間違ってない。戻りたいと思うのは当然だ。どうか、トモヤを裏切らないでほしい」
「ストライク、バッターアウト」
何とかスローカーブで難を逃れた。しかし、意識は遠のいていく。主審の声が他人事のように聞こえる。
――俺は戻りたいのか……いや違う。俺は、このチームで……
本当か?本当に戻りたいと思ってないのか。トモヤに誘われて、嬉しかったのは間違いのない事実だ。なぜ自分を偽ってでも、このチームに居たいんだ。親友のトモヤを裏切ってまで……
「君、交代だよ」
「す、すいません」
球審に呼びかけられベンチに戻る。ここに居場所は無い……のかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます