一番、ピッチャー、アオイちゃん

第23話 スタミナ

　三回までノーヒットで抑えていたが、ここに来てアオイの制球力が乱れ出す。相手は内野のフィールディングの悪さを突いてきた。

　バットを水平に、バントの構えをしたかと思うと寸前で引く。エバースと呼ばれる手技。相手はストライク、ボールに関わらず追い込まれるまでエバースを続ける。この作戦に、かなりの苦戦を強いられていた。

　サードのコウスケ、ファーストのリョウタが全力疾走でバントに備えるも、二人だけでは守備は不十分。アオイを加えた三人で猛チャージをかけるが、投手の体力が気がかりでならない。

　相手打者がバントの構えをする度に、アオイは全速力でホームベース近辺まで走る。それを何度も何度も繰り返す。

　アオイは至ってポーカーフェイスだが、バタバタと赤土を蹴る音が耳に届く度に、辛辣な心の息遣いが、聞こえてきそうだ。体力が持つのか不安で堪らない。

「サード！余裕がある落ち着いて送球だ」

　エバースするだけならまだしも、その中に狙い澄ましたように、セーフティバントが混じっている。厄介だ。どれがフェイクか分からない以上、すべて全力で対応しなければならない。

　そして、精神的な攻撃は、ミス一つで一気に崩れる危険性がある。ひとたび集中が途切れれば、層の薄い弱小校、ピッチャーを代えて歯止めを効かす事ができない。

　ファーストにボールが転がれば、ファーストとセカンドの、後輩コンビの不恰好な連携に手に汗を握った。サードに転がれば、コウスケの悪球グセが発動しないかと神に祈った。

　一塁塁審の右手が縦に上がる。何とかサードゴロで、四回表を切り抜けた。しかし、体力的な疲労と、精神的な疲労は看過しがたい。

　南摩中には中継ぎもリリーフも、代えのピッチャーなんてものは存在しない。

「おいッ……大丈夫か？」

「大丈夫じゃなかったら、何なのよ」

　投手の代えはいない。アオイも承知の上だと思う。重責がエースピッチャーにだけ重くのしかかる現状。辛そうなアオイを、指を咥えて見ているしか出来ない…捕手として支える事の出来ない状況が苦しかった。

––俺は何も出来ない

「まだ始まったばかりじゃない。……大丈夫よ。シンジは心配性ね」

　彼女は微笑むが、辛いか否かは汲み取れない。そして、辛かったとして、頑張れとしか言いようがない。本人が大丈夫と言う以上……いや、ダメだと言っても、頑張ってもらうしか手立てがないのだ。

––俺は無力だ

　毅然と振る舞うアオイの顔を直視できない。居た堪れなく空を仰ぐ。重積した積乱雲どうしがぶつかり、更に大きくなる入道雲が、空を覆い尽くしていた。