第10話 約束破り

 帰り支度。監督の愛車はジープラングラー。にこやかな先生とのギャップが激しい無骨な泥に塗れた白色の車に、ヘルメットやボールケースなど野球道具を積み込む。


「今日はみんな頑張ったね。一回戦、突破おめでとう。来週もしまっていこう。じゃあ、気をつけて」


 颯爽と車を走らせる先生。キャプテンが号令をかけ解散を告げる。


「おい、コウスケ。これから本球場で東中と南押原の試合が……!」

「だから、何だ」


 ユウキが間に入る。


「次の対戦相手だぞ。観戦するだろ」

「先生の話を聞いてなかったのか、解散、現地解散なの。オマエが勝手に仕切るな。キャプテンはコイツ」


 ユウキに肩を叩かれるコウスケが、「あぁ」と情けなく呟く。


「あ、あの、青木先輩」

「おぃ、リョウタ。俺ん家でゲームやろうぜ」

 ヨシユキの一声に、部員は一斉に自転車に跨る。


 ――まぁ、こんなもんか。



 ひとり訪れた石造りの本球場。板荷を下した南押原と、春の地区予選二位でシード上がりの東中が試合前のノックを行っていた。互いのメンバーがアナウンスされていく。



「ほら、あんたカレー好きでしょ」

「……あおい」



 彼女の手から放られた菓子パンが放物線を描き、俺の差し出した手の平にパサリと落ちた。ニタリと笑うエースピッチャー。隣には妹のユイナ。


「なんか、言うことないの」

「ユイナ、ナイスバッチ」

「あ、あ、ありがとう……ございます」


 五回の裏、スクイズを成功した後、俺もケンゴもユウキに説教を食らっていた。そんな中、快音を響かせ、右中間を貫いた九番バッター。萎縮していたベンチは晴れやかに、生還したタツヤが皆とハイタッチを交わす。気づけば、俺らのお咎めは何処かへ消えていた。


 不意を突かれた少女の目が泳ぐ。目鼻立ちはアオイに似ているのに、眉毛だけは八の字と、活発なアオイとは正反対の表情を見せていた。


「アンタ、カレーパン、返しなさい」

「ナイス、ピッチャー。最高だった」

「……もう、遅いわよ」


 投手戦を制した少女は腕を組み、そっぽを向いてプンスカと怒りを露わにしている。


「あのー、僕の分はないのですか」

「うひゃあ!」


 アオイの振り向いた先、ヌッと現れるケンゴ。眼鏡をスチャっと持ち上げ、訝しげにカレーパンを眺める。


「あんた、いつからいたのよ」

「……遅いわよ、の辺りからです」


 ケンゴは両手をあてがい、「遅いわよ」と再度、声色を高くして話す。


「真似しないで。そこ、笑わない!」


 アオイの指差す方向。

 生徒の怒気に震える担任。


「先生!……どうして」


キョウコ先生だと気付き、アオイは恥ずかしそうに顔を塞ぐ。


「スーパーの近くでリョウタ君に会ったのよ。そしたら、みんなと次の試合を観戦するんだって……でも、貴方達だけ?買いすぎちゃったかしら?」


 大きめのエコバッグ。両手で抱えるほど詰め込まれている手提げの袋から、弁当が顔を覗かせていた。


「大丈夫ッス。余った分は自分に任せて下さい」

「リョウタ!」


 息も絶え絶えに、汗を滝の様に流す貫禄ある少年。ライト前を打った時のように少し済まなそうに佇んでいる。


「ナイバッチ」

「うッス」


 石造りの野球場。つい先ほど始まった応援合戦に、俺達の異質な笑い声が混じり合った。

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