一番、ピッチャー、アオイちゃん

ふぃふてぃ

地区総体

初戦は粟野中、騒乱と共に

第1話 白峰アオイ

 七月十日(土) 晴れ


 見上げる空は天高く。積み重なった雲と蝉の音が夏の訪れを知らせる。千切れた雲の隙間からは清涼な青。初夏、茹だるような暑さなれど、気持ちのいい朝が、今日という日をスタートさせた。


 萌える木々の山々に囲まれた、キョクトウベリースタジアム。地元の人達にはゾウマ運動公園という愛称で親しまれてきた、古き良き運動公園の一画。野球場。存在感のある石造りの本球場が目立つ。


 そして、此処は本球場の隣の隣、B球場。駐車場に一番近く、入って最初に見える球場だけあって、人の流れが激しいものの、本球場より熱気は少しばかり薄れる。


 所々ハゲた外野の芝生は青々と育ち、対角線上には外野を隔ててA球場と繋がっている。その先には、本球場が聳えたっている。


––決勝までお預けか


 今から十分前、俺たちより早く始まった本球場からは太鼓の音。壮絶な応援合戦の模様が音と成り、夏風が運ぶ。俺は、雑念を払うようにミットを鳴らした。

 


 目線を戻す。少年たちの活気ある声と、野球好き爺さんのベラんメェ調の怒声が混じり合う、爽やかなれど独特なB球場、朝の光景。

 そこに異色のポニーテールの少女がマウンドに上がる。すると、予想通り、赤土の内野フィールドには歓声と罵声が入り混じった。


 初夏の日差しを真っ当に受け、マウンドに上がる少女は腕をグルグルと回す。白地のユニフォームに背負うはエースナンバー。



「なんだ、女かよ……」



 バッターボックスに入った相手方、一番バッターの蚊の鳴くような声での暴言が耳についた。その言葉に怒りが込み上げてくるも、俺は冷静にしゃがみ込み、キャッチャーミットを構えた。


 彼女は、そんな俺の気も知らずに平然と振りかぶる。自己完結型というか、気が強いというか、とにかくピッチャーとしては一級品な心構えなのかもしれない。


 大きく大きく振りかぶり、すらっと伸びた華奢な左足を上げる。柔軟に体を前傾姿勢へ。ステップをめいいっぱいに、左の足を前に出す。そのダイナミックな動作と同時に、右の利き手は大きくテイクバック。捻りを加えた体は解き放たれ、鞭のように腕がしなる。地面をスレスレを白球を持つ右手が這う。


 投球フォームには上から振り下ろす、オーバースローとスリークウォーター。横投げのサイドスロー。下手投げのアンダースローとある。


 彼女のフォームはアンダースローに位置付けられるのだが、そんな簡単に言い放たれるものでもない。サブマリン。なんなら、魚雷と呼ぶに相応しいほど、大胆にして繊細。流麗にして過激なフォームを見せつける。


 地面から爆ぜるように、ボールは打者を未だ見ぬ軌道で迫る。その投球フォームもさる事ながら、彼女の球速は120キロ超えと、男子顔負けと、チート級の逸材だった。


 投げ込まれたキレのある直球が唸る。外角低めギリギリいっぱいに構えたキャッチャーミット。バッターは驚きに手も足も出ない御様子で、白球は狙い澄ましたようにミットに吸い込まれ、突き刺ささる。


 『パシッ!』と快音を響かせた。


 一度は諦めた俺の野球人生を再び奮い立たせた魅惑の投球。そして、この身震いするほどの捕球音。


 未だ脳内に響き渡る快音は、あの時の鳥肌立つ出会いをフラッシュバックさせる。たかたが一ヶ月ばかりの真新しい記憶。俺とアオイの出逢いの記憶。

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