第119話 すべてが終わって

 影人形の闇が完全に消滅した。

 アビスを満たしていた嫌な気配が急速に消えていく。

 すべてが終わったと直感で感じた聖は、ホッと安堵するように息を吐いた。

 それが叶の頬をくすぐり、叶はゆっくりと目を開く。


「あ、気づいた?」

「聖……そっか……終わったんだ……」


 手を掲げ、簡単に握っては開いてを繰り返してフッと笑う。


「闇が完全に消えちゃった。でも……なんだかスッキリしたかな」


 憑きものが落ちたような晴れやかな笑顔。

 叶のこんな表情を見るのは初めてで、聖は涙を流しながら抱きついた。


「おかえりなさい! 叶!」

「聖……ごめんね。ただいま」


 二人の姿を見ていた沙苗と未玖も、満身創痍で地面に寝転びながら笑って眺めていた。

 これで、すべてが丸く収まって――、


「おー。どうやら片付いたみたいだな」


 頭上からの声に未玖と沙苗が跳ね起きる。

 聖も、叶を背中側に隠しながら声の主を睨み付けた。


「怖い怖い。もっとこう、穏やかにいこうぜ」


 全身を血に染め、右手にフォレアの首を持っているアルマが引き気味になりながらそんなことを言っていた。

 そうだ、と聖が急いで杖を拾い上げる。

 まだ終わりではない。まだアルマが残っている。

 魔力は完全に切れ、杖で叩くしか攻撃手段はないが、それでも諦めない。

 そんな意思を感じ取ったアルマが苦笑しながらフォレアの首を地面に置いた。


「やめだやめ。もうこれ以上俺たちが戦ってどうなるよ」

「……そう」


 聖が杖を下げたことで、未玖と沙苗も攻撃の構えを解く。


「さて。まずはお疲れさん、と言おうか。聖、未玖、沙苗。よくアレを倒せたな。過去にも何度か似たようなことはあったが、俺たち邪神が始末して被害拡大を防いでいた化け物だというのに」

「そんな怪物を私たちに押しつけないでよ……」

「ほんとそれ……」

「悪かったって。でも、こうして闇に取り込まれた者まで無事に救い出したのは初めてだ。聖、お前には驚かされてばかりだよ」


 アルマがクックと笑い、聖は不機嫌そうなジト目を向ける。

 ひとしきり笑ったあと、今度は叶に視線が向けられた。


「なぁ叶。どうだ? 満足したか?」

「……はい。闇がなくなって、とんでもないことをしてしまったっていうのはありますけど……それでも、スカッとしました」

「俺様も見てて爽快だったわ。ほれ、余分にもらいすぎた果実の駄賃」


 アルマが麻袋を叶に投げて渡す。

 首を傾げながら中を見ると、金色の輝きを放つ硬貨と触り慣れた感触の紙がぎっしり詰まっていた。


「諭吉さん百人と、同じくらいの価値がある金貨だ。どっちの世界で生きていくにしても、お金は必要かと思ってな」

「どっちの……」

「……そうだ。叶。お前はもう魔王じゃない。俺の娘ではなくなった。お別れの時が近いということだ」


 叶から、今度は聖や未玖、沙苗たちにも視線を向ける。


「早速で悪いが、俺様もいろいろとやりたいことがあるからな。ここで決めてもらおうか」


 アルマが両手を広げると、不思議な光を放つ四本の鍵のような物が浮かび上がった。

 それぞれ一本ずつが四人の前へとやって来る。


「魔法の邪神が作りだした次元の鍵だ。それを宙に差し込めば、地球に帰ることができる」

「これが……」

「……アルマ。選ぶ、ということは……」

「察しがいいな聖。そうだ。その鍵をへし折れば、二度と地球には帰れずにこの世界で暮らしていくことになる。どうするかはお前たちが決めろ」


 どちらの世界で生きていくかの選択を迫られる。

 しかし、叶だけは答えを決めていた。

 手を伸ばして鍵を掴むと、躊躇うことなく真ん中で折って破壊する。


「向こうに戻っても、私の居場所はない。だったらこうするしかないよ」


 それを聞き、穏やかな笑みを浮かべた聖が鍵に手を伸ばし、同じように折って破壊した。


「聖? いいの?」

「うん。今度こそ、私がずっと叶の側で貴女を支える。これからずっと、守らせてほしい」

「……ありがとうっ」


 泣きながら聖の胸へと顔を埋めた。

 残った未玖と沙苗は、迷うような表情を見せた後、鍵を手にして大事そうにポケットにしまう。


「ごめんなさい。でも、私たち……」

「やっぱり、地球に戻りたい」

「謝る必要はないよ。二人には二人の人生があるものね」


 四人それぞれの選択を見届け、アルマがフッと笑う。


「やはり、俺の予想通りの分かれ方をしたな」

「それ、なーんか癪に障る」

「おいひでぇな沙苗!? 俺様泣くぞ!?」


 アルマが慌て、四人がその様子を見て噴き出した。

 すべてが終わり、全員が心の内に抱えていたモヤモヤを放出した状態で地上への帰還を始める。

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