第85話 姉妹との決着

 攻撃を防いだイリスが苦い顔を浮かべた。

 少しずつエリザベートの動きが追いつき始めている。


(戦いの中で成長してる? そんな、勇者でもないのに……!)


 戦闘中に強くなるというのは、古来より魔の存在の間で勇者が持つ特別な資質のようなものだと思われていた。

 それが、人間全体に共通するものだと認識を改めざるを得なくなる。

 スキルなどとはまた違う力。

 攻防の合間に鑑定で確認すると、少しずつではあるが、エリザベートの総合レベルが上昇していた。


「さすがにこれは厳しいな……!」

「私たちは負けるわけにはいきません! そこ、突破させてもらいます!」


 エリザベートの蹴り上げがイリスの腕を弾き飛ばした。

 胴体ががら空きとなり、イリスの顔が青ざめる。


「しま――」

「"ホーリー・スマイト”!!」


 エリザベートの聖なる一撃が見事に決まった。

 腹部に突き刺さった剣先から光の波動が放たれ、イリスの体内で荒れ狂う闇を吹き飛ばした。

 力の源とも言える闇の奔流が体外に出され、全身が脱力する。

 腕を支える力も弱まり、だらりと両手を宙に投げ出したところでエリザベートが剣を抜いた。倒れる寸前のイリスを優しく抱きかかえる。

 念のために鑑定で能力を確認すると、とてもじゃないが魔王軍として戦えるレベルではないくらいにまで弱体化していた。


「これで、魔王軍としての貴女は死にました。どうか、もうこれ以上誰も傷つけないでほしい」


 そう囁き、静かに床へイリスの体を横たわらせた。

 妹が敗北した瞬間を目撃したサラが目に見えて動揺する。

 攻撃が大振りとなり、ナイトメアフォールンたちのコントロールにも乱れが生じ始めた。

 梓は変わらず足の動きが固かったが、生まれた隙を見逃すほど聖たちは甘い戦い方をエリザベートに教えられてきたわけではない。


「畳みかけよう!」

「先陣を切る! 未玖ちゃん援護して!」


 言われたとおりに未玖が移動障壁を展開し、ナイトメアフォールンたちと沙苗を分断してサラとの一騎討ちの構図を作りだした。

 素早く懐深くにまで潜り込み、突きを中心とした連続攻撃で攻め立てる。

 両手の槍をフル活用して迎撃に集中するが、手数はこれで互角だ。あと一手を加えられるとマズいことはサラが一番理解している。

 そして、その懸念通りに聖がナイトメアフォールンたちを撃破して突っ込んできた。


「くっ!」


 飛び下がろうとするが、悪寒を感じて離脱を中止する。

 直後、離脱しようと考えていた先を梓の攻撃が横切った。受けてもたいしたダメージにはならないが、今の状況では受けていると負けていた。

 しかし、それは離脱をしなくても同じ事。

 真っ直ぐ飛び込んできた聖の右手に、眩い光が集まっていく。


「これで終わり! "ホーリー・スマイト”!」


 掌底が鳩尾に突き刺さった。

 光の波動がサラの体内に打ち込まれ、背中側から大量の闇を放出させる。

 イリスと同じく闇が抜け、戦う力が失われた。


「か……ぁ……」

「私たちの勝ち。もうこれ以上戦う必要はない」


 静かに床に座らせ、背を向けるとナイトメアフォールンたちがサラとイリスを守るように集まってくる。

 だが、敵意は感じられず、聖が全員に回復魔法を使用した。


「行こう。私たちが倒すべきは魔王。ここでいつまでも止まっているわけにはいかない」

「は? 待てよトドメがまだ刺せてないだろ」


 梓が拳を固めて二人にトドメを刺そうと腰を落とす。

 それを、未玖と沙苗が守るようにして立ちはだかった。


「何を?」

「イリスさんたちはもう戦えない。だったら殺す必要はない!」

「どうしてもと言うのなら、私たちはここで梓ちゃんとも戦う!」


 沙苗の意見に同調し、聖とエリザベートも梓と戦えるように構えた。

 さすがに分が悪いと判断し、ハッキリと聞こえる舌打ちをして腕を下げた。


「あっそう。勝手にすれば? 私も勝手にさせてもらうから」


 そう言い捨て、梓は一人で先に次の部屋へと移動していった。

 聖たちも戦闘の構えを解き、梓とは違う部屋に移動する。


「じゃあね。この戦いが終わったら、仲良くできると嬉しい」

「「……」」


 サラとイリスに別れを告げて、聖たちは次の部屋へと向かった。


◆◆◆◆◆


 敗北した二人は、並んでその場に寝転んだ。

 周囲のナイトメアフォールンたちが心配そうに顔を覗き込んでくるが、サラが片手で大丈夫だと伝えて自分の状態を確認する。


「酷い。カナウ様と出会った頃に近い総合レベルか」

「どうしようお姉ちゃん。私たち、もう戦えない……」


 泣きそうな声音でイリスが言った。

 サラとしても、あの技で体から抜けた闇を取り戻す方法は分からず、イリスの頭を撫でて少しでも落ち着かせてやるしかできない。

 どうしようかと考えていると、突然二人がいる床に巨大な魔法陣が浮かび上がった。


「え、なに!?」

「これは、転移方陣!?」


 驚いていると、部屋の上部から叶が降りてくる。


「戦い、見ていたよ。もう二人は戦えないね」

「そうですけど、でも待ってください!」

「私はまだやれます! 見捨てないでください!」


 必死に訴える二人に、叶は優しい目を向けた。


「二人の仕事はこれで一区切り。まだ重要な仕事が残っているから、無理してここで死ななくていい」

「重要な仕事?」

「そう。二人のジョブは吸血姫でしょ? 姫は王族の証。この先、吸血鬼やナイトメアフォールンたち以外の魔族を含めた者をまとめ上げる王が必要になる。もし私たち魔王が負けた場合、二人がその役目を果たしてほしい」

「カナウ様たちが負けるなんて……」

「負けるつもりはない。でも、一応の保険だよ」


 魔法陣が一際強い光を発した。

 最後に叶が淡く微笑む。


「ここまで付いてきてくれてありがとう。あとは、私の魔王城でゆっくり生きて」


 そうして。

 サラとイリスの二人を、叶は戦場から離脱させた。

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