第81話 熱と氷の復讐

 肉が焼けるいい匂いが調理実習室に漂っている。

 ジュワッという肉汁がフライパンの上で踊るお腹が空くような音と、揚げ物を作るためにパチパチと熱せられた油が弾ける音が心地いい。

 だからこそ、響く悲鳴があまりにも場違いだった。

 手を押さえてのたうち回る叶。衣服は脱がされ、裸にされて転がされていた。

 一花としずるが二人がかりで叶を立ち上がらせ、無理やり押さえつける。

 鼻歌を歌いながら熱々のフライパンに油を塗っていた梓は、泣いて抵抗する叶の手を無理やり掴むと、灼熱のフライパンへと押しつけた。

 あまりの熱さと痛みに頭が一瞬白くなり、続けてすぐに襲ってきた常軌を逸した痛みに叶が泣き叫ぶ。


「いやああぁぁぁぁぁぁぁ!! 痛い! 熱い!」

「あっははははは! いたぁ~い、あつぅ~い。面白すぎるんだけどあはははは!」


 最早虐めなどではなく、単なる殺人未遂に等しい行為。

 手の皮がフライパンに焼き付いたのを無理やりに剥がして、頭を掴むと一瞬だけフライパンに叩きつける。

 必死になって助けを求めても、誰の耳にも届かない。

 いつまでも残る手の火傷の辛さに、叶の限界は近かった。


「あらあら悲惨~。これは液体で冷やしてあげないと」


 そう白々しく言った梓は、部屋の端で耳を覆っていた英里佳を呼びつける。


「ねぇ。あんたが叶の手を冷やしてあげなよ」

「う、うん。すぐに氷水を用意するね」

「何言ってるの? もう用意されてるじゃん」


 そう言い、なんと梓は鍋いっぱいの熱せられた油を指さした。


「それ……そんなことしたら死んじゃうよ!」

「別にこの程度で死なないでしょ。それに、もし死んだら放火して自殺なり事故なり上手く誤魔化すから問題ないって」

「おかしいよそんなの……」

「じゃあ何? 私、人が調理される場面とか見たかったんだけど、あんたが代わる?」


 ひっ、と短い悲鳴を漏らした英里佳に、梓はさらなる追い打ちをかける。


「それに、調理実習室の鍵を持ち出せるのは調理部の英里佳だけだよね? あんたも立派な共犯なんだから楽しまないと損だって」


 すぅっと一筋の涙が英里佳の頬を伝う。

 震える手で叶の手を掴むと、泣いて嫌がり助けを求める目をした叶から目をそらした。


「ごめん……本当にごめんなさい!」


 そして、叶の手を勢いよく油がいっぱいの鍋へと突っ込んだ。


「ぎぃやああああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

「いい泣き声じゃん! ほらほらもっと!」


 沸騰するまで熱した熱湯を頭からかぶせ、梓が高笑いを響かせる。

 逃げようともがいたせいで鍋はひっくり返り、大量の油が叶の下半身へ――


◆◆◆◆◆


 アルマサーヴァントたちが油を熱しながら鍋をかき混ぜている姿を見て、叶の手と足が痛む。

 誰かに相談しても、すべて勝手に調理実習室を使った叶の自業自得だと逆に責められた。

 梓たちのしたことだと説明しても信じてもらえず、学校からも親からも何時間も怒られた。

 特に親は、冷やしていれば治ると言わんばかりに叶を近くの凍った湖に裸で放り込む虐待まで始める有様だ。

 熱と極寒の両方の地獄を味わったあの瞬間は、自分が何をしたのかとずっと自問を繰り返したものだった。


「脅されていたんだとは分かる。でも、たとえそうでも絶対に許さない。受けた分は必ず返してやるッ!」


 魔道具が油の温度を二百度だと示している。

 準備は整ったとして、鍋の上に大量の液状粉を用意した。

 生で油に浸けてやるわけではない。

 今回はじっくり揚げ物にした上でレングラードが飼っているドラゴンの餌にしてやるのだ。

 と、そう改めて思い返すと、より残酷なことができそうだと叶が微笑む。

 別に巨大な鍋を用意すると、大量に水を溜めてこちらも大量の氷の塊を投入した。


「もう少し氷を追加した方が確実かな?」

「……何やってるんだ?」


 叶が面白いことをしていると見たアルマが、期待で顔を綻ばせてやって来る。


「アルマ様。アイスクリームの天ぷらって知ってます?」

「え、なにその美味そうな料理! あずきの棒でも作れる!?」

「それはどうでしょう……? とにかく、そういう料理があって、アイスクリームでもやり方次第で揚げれるんです」

「へぇ~。叶は物知りだな。で、それがどう関係……あぁ」


 理解したアルマがポンと手を打ち、叶はさらに氷を水に投入した。


「そういうことです。冷やしていてもやり方があっていれば油の中でも生きていられる。灼熱の油と極寒の水、そして生きたまま喰われる恐怖を味わって死ね、英里佳……!」

「ははっ。思考も邪神側に染まってきたなぁ。さすがは俺の娘だよ」


 二人して悍ましい計画を進めている。

 あとは、英里佳を地獄へと叩き落とすだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る