第76話 命を使ったお遊び

 宣言通りに手出しせず、近くを飛んでいた竜の背中に座らせてもらって眼下の虐殺を眺める。

 スタルサイクロプスたちの巨体が一気に迫り、あっという間に逃げ場をなくした。身動き取れる範囲も狭まり、徐々に追い詰められていった。

 図体の割に体は骨のために身軽だ。跳んだり跳ねたりと無邪気な動きを披露し、それがそのまま虐殺に繋がる。

 カタカタと笑いながら連続して拍手をする。

 その拍手に巻き込まれ、何人もが叩き潰された。血肉が飛び散り、粘っこい血の雨が降り注ぐ。

 祥吾が三鈴を庇いながらスタルサイクロプスに応戦する。

 振り下ろされる剛腕を掻い潜り、どうにか退路を見つけて突破したいところだが、何重にも壁を作っている包囲に隙が見当たらない。

 回避をこのまま続けていてはジリ貧だ。いずれ体力が底を尽き、嬲り殺しにされてしまう。

 ゴブリンやオークといった魔物たちと違い、犯されるようなことはなく一瞬で殺されるのがまだ救いではあるが、生きて帰ろうと約束した直後に死にたくはなかった。


「"アサシネイト”!」


 チェイサーのジョブの技範囲は叶が選ばれた暗殺者と一部被る。

 背後から祥吾たちに気づいていないスタルサイクロプスを襲い、首を刎ねた。


「よしっ! 次!」

「やるじゃない。……でも、まだまだ」


 首を刎ねられたスタルサイクロプスの頭蓋骨から眼球がこぼれ落ち、それがあちこちに自分で転がり始めた。

 首を失ったスタルサイクロプスも起き上がり、頭蓋骨を拾おうと手を伸ばしている。


「キモい!」

「不死身なのか!? いや、そんなはずは……まさか!」


 あることを予想し、祥吾が鑑定で情報を確認する。


【スタルサイクロプス】

種族〈魔物〉 性別〈男〉 総合レベル1 ジョブ〈死霊レベル1〉


【アンデッドアイズ】

種族〈魔物〉 性別〈男〉 総合レベル132 ジョブ〈死霊レベル103〉


 祥吾が予想したとおり、スタルサイクロプスの本体は眼球だった。

 目を潰さなくてはいかなる攻撃も意味をなさない。撃破が困難な難敵だった。


「うわああぁぁぁぁぁぁ!」

「離せ! 離せぇぇぇぇ!」

「やだやだ! 私美味しくない!」


 悲鳴が聞こえ、そちらを見れば何人もがスタルサイクロプスに捕まり、体を口に運ばれていた。

 上半身が噛みちぎられるが、肉体のない体では捕食などできるはずもなく、ちぎれた体が頭蓋骨下の隙間から落ちて血だまりを作りだした。

 他にも、喰われるだけでなく棍棒として振り回され、他の兵士に叩きつけられて殺されている者もいる。


「惨い……!」

「……っ! やめてよ叶ちゃん! どうして人を殺したのにそんな平気でいられるの!?」


 三鈴の泣きながらの問いかけには、叶も昏い笑みで返す。


「じゃあ聞くよ。私が虐められているのを見て、どうして平気でいられたの?」

「だ、だって……あれは……」

「遊びに見えた? あれが? 別の理由でもあるのかな~?」


 クスクスと笑う声が、今は無性に恐ろしい。


「魔王になった影響か、何人殺してももう何も感じなくなっちゃった。ただ命を使った豪華なお遊びにしか思えないね」

「殺人がお遊び……だって……!? ふざけるなよ!」

「うるさいなぁ影野。いじめだって立派な犯罪じゃない。あたかも犯罪ではないように名前が変えられた、ね」


 その指摘に対して二人は何も言い返すことができなかった。

 いじめの内容による呼び方の問題は現代でも度々問題になっていた。

 それを、叶の件とは関係ないと思い込み、何も声を上げてこなかったことで改めてそのことを考えさせられる。

 しかし、それはもう遅いことだった。いくら考えて答えを出すことができても、この場で死ぬ運命にあっては意味がない。

 乗せてもらっている竜の頭を撫でながら、頬に手を添えて二人を見下す。


「でも、私はあんな連中とは違う。何度も言うけど、お前たちにはそこまで強い恨みがないからね。最期は一瞬で片を付けてあげる」

「どうにか許してもらうことはできないの……!?」

「できないよ。聖の友達以外は全員殺すって決めているから」


 叶が指を鳴らすと、魔法が発動して周囲の地面がせり上がった。

 見覚えのある建物が建設され、何が起きるのか分からずに二人が後ずさる。


「野球場……?」

「なんか、話してたらムカついてきたわ。やっぱり私も手出しする」

「何するつもり……!? やめてっ!」

「異文化交流。地球で人気のスポーツをこっちの世界にも持ち込んでみようかなって」


 スタルサイクロプスたちが一斉に動いた。

 九体ずつに分かれて二つのチームを作り、横一列に並ぶ。片方のチームは肋骨を一本外して区別していた。

 そして、観客のように他のスタルサイクロプスたちが周囲を取り囲み、潰れた兵士たちの体を鞣して顔に付けた審判らしき三体が祥吾と三鈴の体を掴んだ。

 スタルサイクロプスたちがお辞儀し、守備攻撃に分かれて配置につく。

 審判のスタルサイクロプスが祥吾を無造作にバッターの個体へと投げ渡すと、三鈴はピッチャーの個体へと投げ渡した。

 祥吾が見ている前で、三鈴がピッチャーのスタルサイクロプスに無理やり体をボールにされていく。


「やだやめてっ! 痛い! 痛い痛い痛いいたいいいたいいいたい! いやああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「おいやめろ! 頼む……やめてくれ……!」


 懇願は聞き入れられず、ボール状の肉塊にされた三鈴から祥吾は目をそらした。

 と、同時に足を強く掴まれ、骨が砕ける。


「プレイボール! ホームランを期待してるわよ」


 叶が開始の合図を出し、ピッチャーが三鈴を投げつけた。

 最期に恋人の唇の感触を思い出し、原型を留めない彼女に打ち付けられた祥吾は、そこで意識を手放した。

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