第67話 対立

 多勢に無勢なこの状況で、叶が選択した技は当然と言うべきか煉獄の日差しであった。

 あれならどれだけ相手がいようが関係ない。全員纏めて弱体化させることができる。

 手に黒い太陽を形成し、それを空に向かって打ち上げ――、


「“アイシクル・ブリザード・オメガス”」


 叶の動きを察知した水穂の魔法により、太陽は氷に閉じ込められた。そのせいで日差しは拡散せず、弱体化が働かない。

 舌打ちして次の手を考え始めた刹那、眼前に梓の拳が迫っていることに気づいて急ぎ離脱した。

 縮地を使っての回避だったが完全に躱すことには失敗し、頬にわずかな痛みを感じる。


「……ちっ」

「この……っ」


 互いに悪態を漏らしてのにらみ合いに入る。

 状況が悪い。

 さすがにこの不利な場面では一人一人を無力化してゆっくり殺すということはできなかった。理想を言えば全員纏めて復讐したいが、無理そうなために水穂と梓の二人だけにターゲットを絞る。残りは早急に仕留めて少しでも場の流れを自分に取り戻す。

 影から闇の小刀を作り出し、正面に構えて姿勢を低く下げた。

 戦闘続行の意思表示を受け、下唇を噛んだ信次が盾を掲げた。


「“コレクトヘイト”!」


 タンクの技が発動して叶の意識が引っ張られた。信次から目を離すことができなくなる。

 さすがに面倒だと速攻で小刀を投げつけた。同時に走りながら再び小刀を作り出して背後を取ろうとする。

 だが、投げられた小刀は途中で風の防壁に弾かれ四方に散った。地面に突き刺さり、影に消えていく。

 防がれることは想定外だったためにブレーキをかけようとしたが遅かった。一瞬の動揺は動体視力が上がっている梓に見破られ、動きが揺らいだ瞬間に懐への侵入を許してしまう。

 勢いづいた体と振り抜かれた剛腕でカウンターを決められてしまい、激しく転がった叶は血を吐き呻いた。

 立ち上がろうとする叶を背後から取り付いた有香奈が押さえつける。


「もうやめてよ! 私たちがこれ以上戦う理由なんて……」

「「あるよ!」」


 叶と梓が動じに叫び、梓は有香奈を引き剥がして叶の顔を踏みつけた。

 口が切れ、血の味が口内に広がる。

 尻餅をつく有香奈の前に、水穂が立って視線は叶に固定したまま杖を向けている。先端から電撃が迸り、叶の体に苦痛を与えていた。


「先生!? 梓ちゃん!?」

「話が違うって。連れ戻すんじゃないのかよ」

「そうです! 叶だってまだやり直すことが……!」


 謙次も一緒になって水穂たちを非難するが、返ってくるのは冷たい目と返事だけだ。


「今ので無理だと判断した。さすがにこれ以上宮野を野放しにしておくとお前たちが死ぬ」

「それに、皆は許せるの? こいつは友達を殺したんだよ! 私は絶対に許さない!」


 怒りに身を任せて顔を蹴ると、歯が一本折れて血が混じる唾と一緒に飛んだ。

 充血し憎しみで埋め尽くされた目で梓を睨み付ける。


「お前が……そもそもの原因だろうが……ッ!」

「私だってやりたくはなかったわよ。でも、あんたが目立つから悪いんじゃないの! クラスの人気は全部私のものなのにね!」

「は……? そんな、理由で……?」


 事情を知らなかった信次が梓の口からくだらない理由が漏れたことに動揺する。有香奈も謙次も耳を疑った。

 そんなくだらない理由であれほどの事をするなど考えられない。普通の感性があればそう思う。

 水穂は知ったことではないと攻撃を続けるが、謙次たちは武器を捨てた。


「そんなのおかしいだろ!」

「そうだよ! 全部梓ちゃんが悪いじゃない!」

「先生も何か言えよ! あんた、教師なんだろうが! こんなの許されると思ってんのか!?」


 三人からの罵倒を受けても、梓も水穂も変わらなかった。


「は? 私は何もおかしなことはしてないけどね」

「円滑なクラス運営には、人柱が必要なときもあるんだよ」


 人としてあり得ない発言に三人が耳を疑った。

 対立が起き、雰囲気が険悪になっていく。


「叶ちゃんを助けないと……」

「何を考えている。こいつはここで殺さないと」

「教師が教え子を殺すとか狂ってるよ!」

「狂ってるのはこいつでしょ! どうして人を簡単に殺せる奴を助けるの!?」

「黙れ梓! お前が一番おかしいんだよ!」


 言い争いを始める梓たち。

 と、場違いな笑い声が聞こえた。叶が肩を揺らして笑っている。

 自分たちが絶対的に優位なはず。それなのに悪寒が止まらない。叶が恐ろしい。

 強く顔を踏みにじりながら梓が警戒度合いを増した。


「何がおかしい……!」

「……狙い通り、なのがね。上手く対立してくれた」

「は? どういう……」


 疑問を口にしようとした瞬間、叶が消えた。黒いもやとなって消滅する。


「な!? 何をした!?」

「死んだ!?」

「違う! 逃げ――」

「るわけないでしょ。“煉獄の日差し”」


 天高くで黒い太陽が輝き、弱体化を引き起こす日差しが一帯を支配した。

 体から力が抜けていき、上を見上げようにも眩しくてそれもできない。


「ぷぎゃああぁぁぁぁ! あっさり騙されてやんのあっはははは! 笑わせてもらったお礼だ受け取れ! 現れるがいい眷属たちよ!」


 黒い稲妻が迸り、梓たちの周囲に漆黒の鎧を纏った騎士たちが出現した。


【アルマサーヴァント・オルタ】

種族〈魔人〉 性別〈男〉 総合レベル450 ジョブ〈暗黒騎士レベル380〉


 信次が盾を投げて日差しを弱める傘を作った。

 空を飛ぶ二人の人物が目に入る。闇色のドレスを着た少女と、燕尾服を着た男。

 梓が憎々しげに奥歯を噛み砕いた。


「叶……ッ!」

「実像投影術。分身を相手にしていても気づかない馬鹿なんだね」

「全部俺たちの手のひらの上。さっ、第二幕の開演といこうか」


 どこからかスナック菓子を取り出し、宙で寝転がるアルマの横で叶は数百体のキルキャットを召喚して地上へと解き放った。

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