第55話 想定を越えて
村が燃えている。無数の魔物が家屋を破壊し、人々を殺している。
魔物の軍勢の後方、骨で作られた車体の上で全身毛むくじゃらの狼の姿をした男が豪快に酒を飲んでいる。
『オラオラァ! もっとぶっ壊せェッ! 何もかも焼き尽くせェッ!』
空になった瓶を投げ捨て、無駄に大きな声で高笑いしながら魔物たちに命令を下している。
そんな男の前に、二体の幽霊騎士が出現した。それぞれ縄で縛った兵士を一人ずつ連れている。
『アァ? んだそいつらはよォ』
説明しろと言わんばかりに眼光で幽霊騎士を威圧し、兵士について聞き出す。
幽霊騎士は声帯を持たないため、念力による会話だったが男はもちろん聞き取ることができる。
『捕虜だァ? バカなのかてめぇはよォ……』
青筋を浮かべた男が幽霊騎士の体に勢いよく腕を伸ばす。
魔核と呼ばれる幽霊系の魔物の本体に爪を届かせると、躊躇うことなく砕いてしまった。二体が消滅する。
『捕虜など不要なんだよォッ! 全軍に改めて皆殺しを徹底させやがれェッ!』
調子に乗って男が仕えるレングラードの真似をし、腕を横に振るった。
立っていた位置が悪く、腕は男性兵士に当たって頭を粉砕してしまう。風船が弾けるように頭が吹き飛び、仲間の惨い最期を目撃した女性兵士が叫んだ。
甲高い叫び声に苛立った男が女性兵士の胸を腕で貫く。
引き戻した腕には心臓が握られており、男は一口でそれを飲み込んだ。
『肉質としては及第点だなァ……まだ喰える部類だぜェ』
口元の血を拭い、不気味に頬を緩める。
と、その時、別の幽霊騎士が現れた。
『今度は何だ……って! なにィ!? 西地区の部隊が壊滅的被害を受けただァ!?』
幽霊騎士の報告に男が信じられないといった様子で聞き返す。
すると、報告された西地区の部隊が逃げてきているのが見えた。魔物たちを追いかけるように数人が走ってきている。
『勇者の仲間かァ? ハッ! おもしれぇなおいよォ!』
「くらえ! “パラ・サントール”!」
少女が放った電撃魔法が男を襲い、男は両腕を交差させて攻撃を防いだ。
『ちィ……ッ! 中々の威力じゃねぇかよ』
「お前が指揮官……!」
魔法を放った少女――聖は、鑑定で男の情報を確認する。
【ラグラーヴァ】
種族〈魔人〉 性別〈男〉 総合レベル337 ジョブ〈武闘家レベル263〉
レベル的には高い。
だが、恐くはなかった。余裕で勝てる相手だと判断し、わずかに警戒を緩める。
そんな聖の様子に、ラグラーヴァは引きつった表情で声に怒りを孕ませた。
『舐めてるのかてめぇはよォ……俺は魔王レングラード様に仕える幹部の一人だぞォ』
「そうね。お前なんて、叶とその仲間に比べると全然強くない!」
言った瞬間、ラグラーヴァが突進した。両腕に炎が宿り、小さな爆発が繰り返される。
『死ねやクソがよォッ! “バーニングデストロイ”ィッ!』
すごい早さだが見切ることはできる。
さらに、聖の隣にいた未玖が防御結界を展開したおかげで心に余裕も生まれる。もっとも、防御結界を使うまでもなく回避は可能だが。
聖も未玖もスッと攻撃を避けた。ラグラーヴァの拳は大地に突き刺さり火柱を上げて爆発する。
すぐに腕を抜き、再び炎を纏わせて拳を突き出した。
『ウラアアアァァァァァァァッ!!』
気迫のこもった一撃。
再び聖たちが攻撃を回避しようとすると、二人の体を浮遊感が襲った。
瞬きのわずかな時間でいつの間にかラグラーヴァの背後に移動している。
「え、何が……」
「やっと追いついた。出発するなら声を掛けてください」
そう、優しい声が掛けられる。
聖の前にはエリザベートが立っていた。ロングソードを腰の鞘に収める。
「エリザベートさん! どうしてここに?」
「私もセイ様に付いていこうと思いまして。勇者様よりも、セイ様にこそ私の力を使っていただきたいのですよ」
アルカンレティアでのわずかな時間で強い信頼関係が築けていた。
人類最強と名高い英雄が自分の側に付いてくれたことに聖が心から喜ぶ。
『おいおいてめぇらよォ……俺のこと無視してるんじゃねぇぞォッ!』
攻撃を躱され、さらには無視して仲睦まじげなやりとりを見せられたラグラーヴァが怒り狂う。
そのまま、無抵抗のエリザベートの背中へと拳を突き出した。
『てめぇグシオンを殺ったあの時のクソ女ァ! 仇討ちだ殺してやらァッ!』
「哀れな。もう死んでいることに気が付かないなんてね」
エリザベートが言うと、ラグラーヴァは自分の体が見えた。
『ア?』
腕を突き出した自分の体には頭がなく、代わりに血が噴き出している。
遅れて全身が細かく切り刻まれ、肉塊となって散らばった。
『何が……』
「魔王軍幹部ラグラーヴァ。討伐完了」
エリザベートが剣を振るい、自分の血を浴びながらラグラーヴァは息絶えた。
あまりにも早すぎる幕引きに聖も未玖も驚きを隠せない。
「え、強すぎ……」
「魔王軍の幹部を一瞬で……!?」
「実は、あの敗戦からかなり特訓したんですよ。でも、これでもまだカナウさんや、アルカンレティアに攻め込んだあの黒衣の剣士には勝てそうにないのが怖いところですが」
「え、叶ってそこまでなの……?」
「うん。叶たちはとても強いよ……」
「ですが、もう一人の魔王の幹部程度なら対処できます。それより、私が驚いたのは彼女ですね」
エリザベートが村を見る。
「サナエ様、でしたか? 彼女も一人奮戦して北側への進攻を食い止めていました。剣士としての技量はとても高いですよ」
エリザベートが言うならば間違いはない。
エリザベートが仲間に加わり、戦力が上がった。このままこの仲間たちで強くなれば、聖の目的の達成に近づけると思っている。
邪神アルマの討伐。それを目的に、聖たちはまだ進み続ける。
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