第49話 決別の刻

 聖の指が黒煉の果実に触れる。

 そして、小声で呪文を呟いた。

 指先から眩い光の炎が噴き出す。その火力で、黒煉の果実は一瞬のうちに燃え尽きてしまった。


「ほぉ……セインツ・ブレイズか。それが、お前の決断か」

「ええ。私は、魔王に堕ちることはない!」


 強い意志を灯す瞳でキッとアルマをにらみ返す。

 特に驚いた様子もなく、アルマはやれやれと肩をすくめた。


「まっ、予想通りだがちょっと残念だな」

「闇には堕ちない。私は、私のやり方で勇たちを止める。もう叶が苦しまなくていい環境を作り出してみせる!」

「……だから、だろうな。聖がスペースのジョブに選ばれたのは」


 一人納得した様子のアルマに、聖は首を捻るしかない。


「覚えておけ聖。お前の光はとても強い。が、光あるところには必ず影が存在する。光が影を照らすか、影が光を呑み込むか。楽しませてもらおうか」


 窓辺に乗り、外へと飛び出す。

 月を背景にして聖へ振り返ると、人差し指を向けた。先端から紫の光が飛び、聖の胸に吸い込まれるように輝く。


「一応のプレゼントだ。発動しないことを祈るが」

「何を……」

「ああそれと。何人か仲間に引き込みたいようだが、望みどおりになるとは思わないことだ。さっき王都から出ていった連中は、確実に死ぬだろうからな」

「っ!」

「仲間にするならここに残った奴にしろ。俺からの忠告だぜ。しばらくは前線にも出ないことだ」


 そう言い残し、今度こそアルマの姿がかき消えた。

 夜の風が部屋に吹き込んでくる。

 胸の前で拳を握り固め、決意を新たにした。すぐに荷物をまとめ、部屋を出る。

 そして、一人一人の部屋を巡って全員を呼び出すと、広間に集まってもらうようにお願いした。


◆◆◆◆◆


「はぁ? 別行動を取る?」


 夜中に呼び出され、開口一番そう切り出された勇が聖に苛立ちの籠もる目を向ける。


「正気? 私らから離れてどうするつもりなのよ」


 梓も不機嫌そうな声を隠さない。腕を組み、高圧的な態度を見せている。


「私は、私が信じるやり方ですべてを救ってみせるから。ここにいたらそれができない」

「聖さん……」


 離れた場所からフォレアも不安そうに成り行きを見守っていた。

 一向に険悪な空気が流れる。話し合いに直接参加していないクラスメートたちはおろおろとしていた。

 勇も聖も怒った顔を隠すことなく睨み合っている。これからどうなってしまうのか、不安で仕方がないのだ。

 そんな時、梓が指を鳴らして近付いていく。手に魔力を流し、臨戦態勢だ。


「聖。あんた、いい子ちゃんだと思ったのにずいぶん面倒くさいことになったわね」

「だから? 私は元からこんな風だったよ。見る目がないんじゃないの?」

「ッ! ちっ、うぜぇ。叶がいなくなって溜まってたけど、次はあんたをボロボロにしてやろうか?」


 荒れた口調で毒づき、一瞬で聖の懐に潜り込んで拳を叩き込む。

 が、それは腹部にめり込む直前で止められた。魔法障壁が聖を守っている。


「あ、危なかった……」


 ギリギリで障壁を展開した未玖が冷や汗を拭う。

 聖が素早く飛び下がり、視線を周囲のクラスメートたちに向けた。


「どうなの皆。今のを見て、おかしいと思わなかったの?」

「ま、そりゃあ……」

「だよな。でも……」

「……そう。そうやってまた自分が傷つかなければ良いって思ってるんだ。……ほんと、失望したよ」


 軽蔑するような目で周りの顔を見ていく。


「理想は所詮理想でしかなかった。皆が叶に謝れば、私からも助命を頼もうと思っていたのに」

「はっ! 叶に助命を頼む? とち狂ったの?」

「梓は叶のことを話でしか聞いてないものね。勇、勝てると思ってるの?」

「……くっ」


 忌々しげに顔を背けるのは、肯定の証明だ。

 もうそんな勇たちなどどうでもいいとばかりに、集団から離れて杖を地面に打ち付ける。


「未玖。沙苗。一太郎。永治。あなたたちなら、私が説得すればまだ助けてもらえるかもしれない。だから、ここに残るのか、私に付いてくるか、今決めて」


 呼ばれた四人が、というよりは三人が戸惑う。未玖はすぐに頷き、聖に付いた。

 呼ばれた四人は、聖に協力していた数少ない叶の味方だ。尤も、そのことを叶が知らないためしっかり復讐の対象にされてしまっているが。

 だが、何もしてこなかった他の連中と違い、まだ助かる見込みはある。


「私と来れば、寒い野宿生活になると思う。ここにいたほうがずっと快適だと思うよ。でも……」


 あえて脅すような声音を作り出す。


「残れば、叶と遭遇したとき間違いなく殺される。それも、相当惨い死に方でね」


 息を呑む音だけが聞こえた。

 自分たちがどうするべきか。どちらに付くべきか必死に頭を回転させる。

 その結果、選んだ選択は――


「――後悔はないよね」


 聖に付いていくのは、未玖と梶原沙苗かじはらさなえの二人になった。

 残る決断をした二人に悲しい目を向けると、勇たちに背を向けて部屋を出て行こうとする。


「ふんっ。勝手にしろ」

「後で泣きついてきても知らないから」

「そっちこそ。今までやってきたことを悔やみながら少しでもマシな終わり方を迎えることね」


 力任せに扉を閉めて。

 聖たちは、勇たちと袂を分かった。

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