第42話 加虐

 口内の血を吐き、やっとの思いで勇が立ち上がった。

 目の前では、叶とエリザベートが全力でぶつかり合っている。だが、どう見ても叶の絶対有利は覆りそうになかった。

 一歩踏み出そうとするが、足が動かない。それ以上先に進むことを本能が拒んでいた。


「くそっ! 相手は叶なんだぞ! どうしてビビってるんだよ!」


 自分自身に言い聞かせても、結果は変わらない。

 勇だって理解しているのだ。もう、叶は圧倒的な格上の存在になったことに。今の自分では決して勝てないということに。

 それでも認めたくない。認められない。そんなふざけたことがあるかと必死に否定したい。

 勇の目の前では聖が必死に動こうとしていた。

 体を回し、腕と足の力に頼らずに少しずつ前へと進もうと奮闘している。聖はまだ諦めてはいないのだ。

 それなのに、動くだけの力が残っているはずなのにその場に止まったまま。


「ちくしょう……ちくしょう……!」


 そして、ついには叶のナイフがエリザベートの肩を刺した。

 一花たちの頭を貫いたものと同じ性質の槍を取り出すと、もう片方の肩へと突き刺す。そのまま長さを伸ばし、エリザベートの体を固定した。


「はい、これでよし。結構粘りましたけど、惜しかったですね」

「くっ! これが大魔王の……!」


 槍を抜こうともがいているが、深く刺さった槍は引き抜けない。

 エリザベートから興味をなくしたように手を振って叶が離れる。目を付けたのは、屋敷前の天幕だ。


「イリスの情報だといたはずよね。出てきなさいよ」


 闇の刃を飛ばして天幕を切り裂いた。

 布が落ちると、ちょうど攻撃に巻き込まれたのであろう数人の騎士がバラバラにされた瞬間が見えた。そして、蹲っていたために攻撃を回避できた健司がいる。

 わずかな生き残りも瞬時に殺し、叶は健司に近付くと首根っこを掴んで引きずる。


「ひっ、ひいいいぃぃぃぃ」

「重っ。もうちょっと痩せたらどうなの?」


 小馬鹿にするように呟き、勇たちの前へと放り出す。

 震えることしかできない健司にも容赦はしない。詳しいことを叶は知らないが、梓と健司がSDカードで何か金銭の受け渡しをしていたことは知っているために虐めへ積極的に加担していたと判断している。

 当然、惨い罰を与えてやるつもりだ。


「さーて。どんな罰を希望する?」

「ま、待ってくれ! 拙者何もしていなくて……」

「見え透いた嘘は嫌いだよ。殺されたいの? 殺すけど」


 健司の頭を掴もうとし、脂汗を見て嫌悪感を含む視線を向けて躊躇する。代わりに、背中から生やした闇の腕で遠慮なく頭を掴み上げた。


「ひぃっ!」

「“痛覚激化”。まずは小手調べからいきましょうね」


 健司の痛覚を数十倍に増加させる。

 本当はもっと上げてやりたかったが、あまり上げすぎるとたった一回で意識を失う可能性が高い。それはあまりにもつまらなかった。

 そよ風が体に当たるだけでも刺されたような痛みを感じている。

 苦悶に体をよじらせる健司を笑いながら見下ろすと、叶はエリザベートの元に歩いていく。

 動けない彼女から細剣を奪うと、再び健司の前まで歩いていく。

 そして、躊躇う素振りを見せずに先端を爪の隙間へと差し込んだ。


「!? ぐぎゃああああぁぁぁぁぁ!!」


 聞いたことがないような悲鳴に聖が顔を青くする。

 そんなことなどお構いなしに叶は剣を押し上げて爪を剥いだ。

 指の肉が抉れ、血が噴き出し、指先が真っ赤に染まる。想像を絶する痛みに健司がのたうち回る。


「全部の爪を剥ぐ。スマホとかの操作は難しくなるんじゃないかな。もう二度と触ることはないだろうけどね」


 あまりにも狂気的な叶の行動に勇の歯の根が噛み合わない。

 人がやることとは思えない。悪魔が可愛く思えるほどの残虐性。

 心の底から楽しむような冷たい笑顔が見え、爪が一枚一枚剥がれ落ちていく。


「拷問では鉄板の爪剥ぎ。やったことないから上手くできてるか分からないや」

「叶……もうやめて……」


 見ていられないと聖が目に涙を浮かべた。

 叶の凶行は手だけで終わるはずがない。次に、健司の足首を掴むと逆さづりにして靴を捨てた。

 細剣を捨て、闇の手を無数に呼び出して足の指へと近づけていく。


「ま、まさか……!」

「今度は直接剥いてあげる。その方が綺麗に取れそう」


 強引に力任せで爪をへし折り、剥ぎ取る。

 終わらない苦痛の連続に気が狂いそうだった。


「ひぎっ! や、やめ……っ! ぎゃっ!」

「……誰かを傷つけたらどんなことになるかよく分かった? やったことは何倍にもなって自分に返ってくるんだよ」

「ぜ、ぜ、全部あずっ、梓が……あぎゃあああぁぁぁぁぁ!!」

「あいつが主犯なことに変わりないけど、お前たちも同罪だよ。ほら、きっと知らないだろうから自分が何をしていたのか聖に聞かせてあげなよ。聖だって私がここまでやる理由を知りたいだろうし」


 半分本当半分カマかけだ。

 健司が梓と何をしていたのかすべて引き出す。そして、その結果次第では梓への仕打ちをもっと惨くする。

 死の危機に瀕している健司の口は軽く、すぐにすべてを白状した。


「叶の! 叶の裸の写真を売ってお金を稼いでござるよ!」


 聖が驚いて口を半開きに開ける。勇は知っていたのか、ばつが悪そうに顔を背けた。

 まさかそんなことをされていたとは知らなかった叶。感情にまかせて足の指の骨を一本破壊した。


「ぐぎっ!?」

「アルマ様に会ったら聞かないと。この力、どこまで有効なんだろう。もういっそ地球も滅ぼしちゃおうかな」


 将来に永遠に消えない傷を残されていたことは許せない。


「そんなことされてたんだね。悪いのは写真をばらまく体だよね? ゆっっっくり解体してあげる」


 叶の周囲にナイフが浮かぶ。

 もはや引きつった笑みしか浮かばない。黒と赤が混じり合って健司の視界を侵蝕していく。

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