第43話 審判の時

 指を一本一本切り落としていく。

 返り血で体が赤く染まろうと叶は止まらない。ただやりたいように健司に攻撃を加えていく。

 痛みの連続で痛覚はほとんど残っていなかった。口と目から血を漏らしながら金魚のようにパクパクと口を動かしている。

 全ての指を切り落とすと、闇の腕を出現させて健司の首を強引に掴んだ。視線を戦場へと向けると、そのまま天高くに放り投げる。


「骸を晒せ。お前みたいな奴には相応しい最期ね」


 あの高さから落ちればひとたまりもない。見るも無惨な粉砕死体に変貌することだろう。

 空を見上げ、クスクスと笑う叶の背後からエリザベートが襲いかかる。

 首を狙って振り抜かれた一撃を短剣で防ぐと、背後に向かって蹴り上げた。腹部に深く足がめり込む。

 胃の中身を吐きだし、エリザベートが地面に蹲る。叶はそれを見下すように近付くと、エリザベートから武器を奪って彼女の右手に突き刺した。同時に、背中へと短剣を突き刺す。

 さらに三本の短剣を左手と両足に刺して動けなくすると、背中に刺した短剣を引き抜いた。真っ赤に染まる刀身を優しく舐める。


「……やっぱり血ってまずいや。やるんじゃなかった」

「ぅ……くぅ……」

「いい加減に諦めたらどうです? 聖もエリザベートさんも、どうしてそんなに死を選びたがるのか私には分からないんですけどね」


 どこまでも昏い闇色の目が覗き込んでくる。

 エリザベートが拳を握りしめて地面を叩いた。聖も必死になって思いを叫ぶ。


「人間には、命よりも大切な誇りがある! 魔の存在として生きながらえるくらいなら、私は人として誇りある死を選びます!」

「皆が手を取り合って笑い合える世界だってきっと実現できるよ! 叶! お願いだからこれ以上はもう!」

「……綺麗事ばかりを。誇りを大切に思っても、死を現実に突きつけられたら生にしがみつくことを私はよく理解している。手を取り合おうと誰かが頑張っても、心ない連中はその手を横から引き離そうとしてくる。実際に体験したことがない聖たちには分からないよ」


 恨みの籠もる視線が勇を射貫いた。

 全身を冷たい殺意が駆け抜け、萎縮してしまう。武器を握る手が震えて止まらない。


「そんなことは……! たとえ死を前にしても私は……」

「生還不可能とされたダンジョンに置き去りにされたことは? 魔物に食べられたことは? ないでしょう? どうしてそう言いきれますか?」


 そうだ。

 エリザベートが過去に経験した命の危機というのも、精々が魔王軍の最高幹部と短時間戦闘した程度。叶のように死の一歩手前まで進んだことはなかった。

 言葉の重みがまるで違う。


「聖の言葉は少しだけ間違ってるよ。誰もが手を取り合う世界の実現はできる。でもね、それは光に属するすべてを滅ぼした後の話。私たちの敵を全て排除して、闇に生きる者たちで仲良くやろうよ」

「させ、るかよ……」


 勇が震えながらも剣に光の魔力を集めていく。

 叶はその様子を鬱陶しそうに一瞥すると、闇の魔力で作り上げた槍を生み出した。赤黒く明滅する槍に猛烈な殺意が宿る。


「お前には今話してないよ。割り込んでこないで」

「黙ってられるか! 人の命を何だと……!」

「勇がそれを言うなんて何かの冗談? 苛つかせてくれてどうもありがとう。お礼に気が変わったから殺してあげるよ」


 指で弾いて槍を放ってからしまったという顔を浮かべる。

 槍の魔力を考えると確実に勇は跡形もなく吹き飛ぶだろう。もっと苦しめて殺すはずだったのに感情的になりすぎて強力な一撃を撃ち込んでしまったことを後悔する。

 真っ直ぐに槍は向かっていく。が、それが勇に届くことはなかった。


「魔の攻撃を断絶せよ。“聖絶”」


 勇の前に光の障壁が現れ、叶の攻撃を打ち消した。激しい爆発が起きるも、勇にも障壁にも傷一つない。

 チッと舌打ちした叶が勇の頭上を見上げる。


「もう来たんだ。女神フォレア」


 金色の弓を構えたフォレアが浮いている。

 フォレアは、倒れている聖を見るなり腕を横に振った。すると、光の波動が飛んで聖の傷口を塞いでいた闇の腕を吹き飛ばす。


「その身に神の癒やしあれ。“超再生リバイブ”」


 フォレアの魔法により聖の両手両足が元に戻った。

 無事だったことに安心し、次に叶へと弓を向ける。


「叶さん。このようなことに巻き込んでしまって申し訳ないとは思っています。ですが、貴女はやり過ぎました! 悪いですが、元の世界に送り返させてもらいますよ!」

「そう簡単には……」


 言い終わるよりも先にフォレアが光の矢を大量に作り出した。

 まさかここまで強引だと思わなかった叶の防御は間に合わない。咄嗟に闇で壁を作り出すも、すぐに打ち破られていくつもの矢が叶に殺到する。

 体に刺さった矢が爆発した。爆ぜると同時に闇の魔力を削られるような奇妙な感覚に襲われる。

 勢いに押し負けて激しく吹っ飛ばされた。瓦礫に体を打ち付け、血を吐き出す。


「くっ!? この……!」

「叶!」

「は、ははっ! よっしゃ勝てるぞ! ざまぁみやがれ!」


 苦しむ叶を見て心配の声を荒げる聖と、急に調子を取り戻す勇。

 叶は、短剣を支えにどうにか立ち上がった。だが、フォレアは最後となる一撃を既に用意している。


「すみません叶さん。これで終わりです!」

「……ちぃ。このクズ女神……」


 悪態をついた瞬間、フォレアが極大の矢を放った。

 神速の一閃が襲いかかり、叶が立っている位置に直撃して強烈な閃光を拡散する。


「っ! 叶ーっ!!」

「さすがフォレア様だ! やっと死んだか!」

「これが……神の……」


 フォレアの力にその場にいる誰もが驚いていた。

 ふぅと一息ついたフォレアが指で光の輪を描く。輪の向こう側には東京の景色が広がっている。


「これだけ力を削げばきっと……」


 その時、聖とフォレアが異質な気配を感じ取った。

 二人が慌てて屋敷を見る。視界に捉えたのは屋根に座る二人の人物だった。遅れてエリザベートが異変に気付き、勇もようやく振り返る。


「酷いよなぁ。勝手に呼び出しておいて勝手に送り返そうとするだなんてなぁ」


 そこには、叶を慰めるように頭を撫でる燕尾服の男の姿があった。

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