第30話 歪んだ正義

 エリザベートに連れられ、聖と未玖が屋敷を歩く。

 やって来たのは、聖のクラスメートたちにエリザベートが貸している部屋が並ぶ一角。その廊下で早速一人すれ違う。


「ん? おぉ聖じゃん! どうしたんだ?」


 手を挙げて聖の来訪を喜ぶ少年。だが、聖は苦い顔で少年を見つめた。

 フォレアに召喚されたとき、趣味の知識で状況を素早く呑み込んだ少年。ジョブについても、高い戦闘力を手に入れることが出来るモンクに選ばれた。

 斉藤蓮。

 叶に対して格闘技を使って実害を加えた一人で、そして、レンが最も殺したいと狙っている相手。

 聖も、蓮が叶に対してやったことを知っている。蓮だけは気付かれていないと思っているようだが、多くの人が知っている。

 それで、聖は蓮のことをあまり快く思っていないのだ。

 それでも、死んでほしいとまでは思わない。急いで用件を伝える。


「緊急事態でね。すぐに皆を集めて」

「どうしたんだよ緊急事態って。……あっ! 遂に勇が魔王領を攻撃するのか!」

「逆! 魔王から攻撃を受けてる! 既にクラスの数人も殺された……」

「……は? おいおい聖が冗談だなんて……」

「残念ですが、事実ですよ」


 エリザベートにも言われ、蓮が俯いた。聖が蓮に死んだクラスメートの名前を告げる。

 ギリッと奥歯を噛み、湧き上がる感情そのままに壁を殴りつける。

 蜘蛛の巣状に亀裂が生じ、砂埃が舞った。轟音が屋敷に響く。


「ちょっと蓮くん。ここはエリザベートさんのお家」

「うるっせぇ! 今はそんな場合じゃないだろ!」

「大丈夫ですよミクさん。後で直すように言っておきます。……屋敷が残っていればの話ですけど」


 大人の対応をしたエリザベートに未玖が引き下がる。

 一方の蓮は、固めた拳を血で濡らしてその場に止まっていた。


「クソッ! ふざけるなよ! どうしてあいつらが死ななくちゃならないんだよ!」

「……厳しいようですが、これが戦争というものですよ」

「おかしいだろ! せっかく悪い奴だけをぶっ飛ばしてやったのに!」


 蓮のその物言いに聖が引っかかりを覚える。

 エリザベートも、今気付いたとばかりに口を半開きにした。


「まさか……目的は報復?」

「え、どういうことですか? 蓮! あなた何したの!」


 聖にしては珍しい感情を剥き出しにした怒り方に、思わずたじろいだ蓮が素直に白状する。


「いや、ちょっとレベル上げのためにここにいる全員で魔王領の適当な町を襲っただけ……。で、でもよ! 魔人なんだし悪い奴を倒しただけだぜ! それで報復とかふざけるな! 先に手を出してきたのはあいつらだろ!」

「……確かに、先制攻撃は魔王軍ですがあの町にいたのは魔人の中でも戦闘力を持たないただの一般人。皆さんに戦闘になれてもらうためにあえて言いませんでしたが、戦争に悪いも良いもありません。私たちは無関係かもしれない命まで奪っている自覚を持たなくては」

「知りませんよ! 俺たちは正しいことをしているんだから! 魔人なんて滅ぼせば二度と戦争は起きないでしょう! 魔王だけ倒したらまた多くの人が苦しむことになりますよ!」


 蓮が怒って先に自分の部屋へと帰ってしまった。

 その後ろ姿に未玖がブーイングを送る。


「感じ悪っ。なにあれ」

「ほんと、ごめんなさいエリザベートさん」

「いえいえ。……彼も、自分の正義感が歪んでいることを知ってくれるといいのですが」


 そして、エリザベートは聖と未玖に対して深々と頭を下げた。


「「え!?」」

「彼らに魔王領でレベル上げを提案したのは私です。魔物や魔獣を倒して戦闘に慣れるようにとは言いましたが、まさか町を攻めて魔人を殺してしまうとは」

「それは蓮たちが悪いんじゃ……?」

「そうですよ。だからそんな……」

「ですが、私が止めていれば良かったのです。もし今回の攻撃がその報復だとしたら、間接的に私が勇者様の仲間を死なせてしまったも同義。謝って済むことではないと理解していますが、それでも謝るしか私にはできないのです」


 地面に滴が一滴落ちた。

 それが何か、すぐに理解した聖がエリザベートの肩に触れて顔を上げさせる。

 慈愛に溢れる優しい笑顔でエリザベートの手を握った。


「エリザベートさんが悪いわけじゃない。それに、まだ敵の目的が報復だと決まったわけじゃないです」

「……でも」

「でも、そんなに気に病んでいるのなら、私たちに力を貸してください。多くの人を逃がし、ここで迎え撃ちましょう!」

「……え?」

「本当は私だって許せない。だから、地の利があるここで魔王軍の幹部を倒したいんです。エリザベートさんの協力があればできる!」


 力強い聖の言葉に、エリザベートが微笑んだ。

 自分の頬を叩いて気持ちを切り替える。


「私としたことが、少々弱気に。分かりました。セイさんのためにここで戦いましょう」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、すぐにでも町の人を逃がさないとね~」


 未玖の言葉にそうだと思う。

 住民が残っているのに戦闘は始められない。大至急町中に避難命令を発令する。

 その作業と並行し、敵を迎え撃つための準備と蓮たちへの作戦説明も行われた。

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