第26話 死の選択肢
デュラハンたちが詩織と勇大を無理やりに跪かせる。
全員を揃えたところで叶が手を打ち鳴らした。その音で詩織たちが叶の姿を確認し、驚愕する。
「え……!? 叶!?」
「生きてたのか……!」
戸惑いを浮かべた表情に叶が笑った。
抵抗できないように押さえつけられているためにどうすることもできない。三人の前で叶が闇で作った椅子に腰かける。
「叶、生きてたんだ。本当に良かった……」
「まったくだ。心配したんだぞ」
「……面白いね。私のことを心配してる? 笑わせてくれてどうもありがとう」
空気が凍りつく。
底冷えする恐ろしい声音で話す叶に違和感を感じる。一足先に状況を知った明人は、戦闘系のジョブだからこそ感じる叶からの明確な殺意に体を震わせた。
鋭い視線で三人のことを睨み付けるように見渡した。
「心配してくれていたなら、助けてくれてもよかったのに。口ではなんとでも言えるからね」
「っ! それは……!」
「言い訳なんて見苦しいよ。別に、私は理由なんて興味ないからさっさと死んでもらうわ」
叶が指を鳴らした。
即座に考えが伝達され、叶の意図を理解した魔物たちが近くにあった食堂を襲撃した。
逃げ遅れて震えていた経営者の夫婦を殺し、明日の仕込みに使われていた大きな鍋を運んでくる。
まさに自分が求めていたとおりの物があったことに嬉しく感じる。追加で適当な死体を運んでこさせると、一カ所に集めさせて小山を作った。
残虐な行動を平然と行う叶に戦慄を禁じ得ない明人たち。
しかし、叶の行動がそれで終わるはずもなかった。
用意を整えると、今度は無言で詩織に近付いていく。
「……ぇ」
「詩織はこっち。ゲームをしましょう」
詩織の首根っこを掴むと、そのまま鍋の中へと放り投げた。
シチューのようなトロリとしたスープに沈められる。その鍋をデュラハンたちが死体の山の上に乗せ、ベリアルが魔法で死体を燃やした。
詩織が沈んだまま、鍋がグラグラと煮えたぎる。
「~~~~ッ!?!?」
「詩織!!」
「さて、もう始まっちゃったけどゲームをしましょうか。たまにはこんな風に遊んでも面白いと思うんだ」
破壊された武器屋から剣を一振り拾い上げた。
その剣を叶は勇大へと投げ渡す。
「選択肢をあげる。その剣で自分を殺せば、二人は助けてあげる。明人を殺せば、詩織は助けてあげる。私たちを殺すことができたら、全員助かる」
レンが剣の柄に手を添えた。他の魔物たちもいつでも戦闘できるように構えを見せる。
明人には、これが単なる威嚇だと分かっている。だが、戦闘からかけ離れた勇大には効果抜群の威圧だ。
ただ、剣を見つめて無駄な時間だけが過ぎていく。
「早く決めたほうがいいよ~。じゃないと、詩織が死ぬよ」
叶の言葉にハッとした明人と勇大が慌てた。
詩織は逃げようと必死に足掻いてはいるが、リッチーに重力魔法で逃走を妨害されて何度も浮き沈みをしている。
鍋の温度は上がる一方だ。全身の火傷面積がどんどん拡大していく。
「いやぁ! 熱い! 熱いぃぃ!」
「ッ! 勇大! 早く俺を殺せ!!」
「ダメ! あ、ぐ! 明人を殺さ……あぁ!! ない、で!」
「そ、そう言われてもどうすればいいんだよ!?」
泣きそうになりながら震えることしかできない。
椅子に座りながら退屈そうにあくびを漏らす叶。予想していた展開だったが、ここまでつまらないとは思っていなかった。
昔、似たような場面を漫画で見たからやってみようかと実行に移した。しかし、所詮は漫画だから楽しめたのであって現実に目の前でやられると退屈極まりない。
もう少し発破でもかけると少しはマシになるかと、投げやり気味に手に魔力を集めた。
「“ブラックファイア”。もう少し加熱してみましょうか」
黒い炎が死体の山に着弾する。
通常の炎の数百倍の火力を持つ黒炎が猛烈に燃え上がった。薪の役割がある死体の方が早くに燃え尽きそうだった。
リッチーに命令して重力を強くさせる。そのせいで詩織は完全にスープの中へと沈められ、腕だけが悲痛にも助けを求めている。
あまりの熱量に鍋が変形を始めた。これはこれで面白いとおどけるような口調になる。
「鍋まで溶けてるねー。詩織までドロドロにならないといいんだけど」
「やめろ! やめてくれ叶! 詩織は本当にお前のことを……」
「心配していた? 行動を伴わない言葉に意味なんてないんだよ。それに、助けを求める相手を間違っているでしょ?」
顎で勇大を示す。
唇を噛み切った明人が勇大に縋り付いた。
「頼む! 頼むから早く俺のことを殺してくれよ!!」
「できるわけないだろ! 人なんて殺せねぇよ!!」
「じゃあお前が死んでくれよ! そうしたら詩織は!」
「ふざけるな! なんで俺が!」
ついには醜い言い争いを始めてしまう。
どれだけ口で綺麗な言葉を並べても、土壇場では本性が出てくる。そうして壊れていく姿を眺めるのが本当に楽しい。
「……そんなこと、前までなかったのに」
ボソリと呟く。
魔王になったあの日から、確実に自分の中で何かが変わってしまった。だがそれも、今となってはどうでもいい。
ただ、自分が楽しいと思える手段で復讐ができれば良いのだから。
明人が剣を奪おうと足掻こうとしていたので、レンに闇の拘束を解くように指示を出した。
どうなるのかは見物。明人が剣を手にすれば、詩織を助けることだろう。自殺でも、勇大を殺してもどちらでもいい。
――当然、誰一人として生かしてやるつもりなどないが。
チラリと横目で詩織の様子を確認する。そして、小さく吹き出して指を鳴らした。
爆ぜる炎に二人の意識が引き戻された。
明人が膝から崩れ落ちる。勇大も剣を落としてしまった。
「哀れな。時間切れだね」
完全に形を失った金属。
そして、その傍らに表面が炭化した詩織の亡骸が横たわっていた。
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