第25話 祈り届かず
空を分かつ漆黒の攻撃を確認した叶。同時に血飛沫も確認し、そこにレンと誰かがいると判断して歩いていく。
建物と建物の間の広い通り。いくつか並んでいた露店に無惨な破壊跡が刻まれたその場所で、レンが少年の頭を踏みつけていた。
少年を見た叶がふふっ、と小さく笑う。
「なーんだ。でも、そうよね。あの三人だけじゃなくてちゃんと護衛はつけるわよね」
その声に、少年――明人が反応した。
覚えのある、絶対に聞こえるはずのない声。死人が喋るはずがないのだから。
だが、声の主は間違いない。その事実に震え出す。
レンが濃い闇で明人を押さえつけ、叶の前に跪く。
「命令通り、確保しました」
「ありがとう。それと、ここからは普段通りに呼んでくれていいからね」
レンの横を通りすぎて叶がしゃがみこむ。
身動き一つ取れない明人の顎を持ち上げ自分と視線を合わせる。目に見えて明人が驚愕するのが分かった。
「どう……して……!?」
「不思議に思うよね。残念だったね、死んでいなくて」
嘲笑うような笑みで明人を見下ろす。
顔から手を離し、ゆっくりと周囲を歩きながら喋り出す。
「今ね、お礼参りをしているんだ。聖以外は皆殺しにしてあげる。既に一花たちは殺したよ」
「は? ……なんてことをしたんだ!」
「私のこと殺そうとしたくせによく言うわ。あれ、アルマ様がいなければ本気で死んでいたからね」
「誰だって……? それに、殺そうとした……!?」
「あっ、そうか。明人はアビスに潜っていなかったものね。……あいつら絶対に惨いやり方で殺してやるわ……!」
自分を殺そうとした上に、あまつさえそのことを隠して伝えた勇たちへの殺意を膨れ上がらせる。
実体を伴うと勘違いするほどの闇の圧力にあてられた明人の意識が一瞬遠のいた。バトルマスターのジョブのおかげでどうにか耐えたと言ってもいい。
叶は胸に手を当て、深呼吸で気持ちを落ち着かせる。それから立ち止まると、周囲を見渡した。
「明人がここにいるってことは、詩織もいるんじゃない? あと何人いるのかな?」
「ま、まて! 詩織には手を出さないでくれ!!」
「言ったじゃない。聖以外は全員殺すって。詩織には何もされてないけど、何もしてくれなかったし別に殺してもいいかな」
「それは梓が怖かったから! 詩織も俺も勇大も後悔してるんだよ!!」
「口ではなんとでも言えるよね。……そうか、あとは勇大がいるんだ」
叶が手を叩く。
すぐにレンが立ち上がり、ベリアルも叶の近くに寄ってきた。
「二人を探しだして連れてきて。高そうな宿を中心に捜索。邪魔をするなら何人殺してもいいから」
ベリアルが叫び、レンが素早く消える。
周囲にいた魔物たちに攻撃再開の命令を下し、明人と二人きりになったところで夜空を見上げた。
「すっごく綺麗な星空だよね。私、こんなに空を綺麗だって思えたの初めてかも」
「どういう……」
「力があれば何でもできる。自由っていいわよね。見える世界がまるで違うものになるんだから」
闇を具現化して短刀を作り出した。
もう、自分が纏う闇をほぼ自在に操ることができるようになっている。サラの妨害で見えないが、叶の大魔王のジョブレベルは高い数値を弾き出していた。
短刀の刃先を明人の首筋に添える。金属とは違う、それでも明確な刃物の得体の知れない恐怖に明人の額を冷や汗が伝った。
しかし、刃を引くでもなく優しい笑みで明人を見つめる叶。それがまたいっそう不気味だ。
「安心して。まだ殺さないから」
「まだ、だって?」
「うん。だって、お前たちが一番苦しむには、詩織の前で明人か明人の前で詩織を殺すかのどっちかだものね。レンたちが連れてくるまでもう少し良い子で待っていてね~」
冗談じゃないと思った。
関わりがなかったとはいえ、一緒のクラスで過ごした時間が残酷な意味で響いてくる。
まさかこんなことになると思わず、明人は必死に祈りを捧げた。その様子を叶はクスクスと笑って眺めている。
(神様……! フォレア様……! どうか、どうか詩織だけは助けてください! 詩織だけは!)
それを叶に言っても良いのだが、言ったところで聞き入れてくれるはずもない。
だからこそ必死の神頼みだ。糸よりも細い可能性に縋り付く。
異変を察知して逃げることに成功していると願う。だが、現実は残酷だった。
詩織がいる宿の方角で瓦礫が崩れる音がする。直後、何重もの雨音に似た金属音が聞こえてきた。
「雨……?」
「常闇の剣戟・悲哀五月雨斬。レンの技ね。見つけたのかな?」
明人の全身から血の気が引いていく。
そして、数分後には……
「あ、明人……助けて……」
「悪い……何もできなくて……」
レンが二体のデュラハンを引き連れてくる。
デュラハンたちは、足を何回も斬られて歩くことができなくなった詩織と勇大を引っ張っていた。
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