影の大魔王の復讐劇~クラスメートに虐められ殺されかけましたが、魔王の力を手に入れたので連中に地獄を見せてやろうと思います~

黒百合咲夜

第1話 女神との邂逅

 とある学校のとある教室。その窓際の席で一人の女子生徒が下着姿にされていた。

 女子生徒――宮野叶みやのかなうを取り囲む三人の女子。水を汲んだバケツを持つ人、叶に水をかける人、その様子を撮影する人に分かれていじめを行っている。

 もちろん、今は放課後で誰もいないなんて事はない。朝のHR前の教室には男子女子多くが登校してきており、自分たちの席で思い思いの時間を過ごしていた。誰も叶を助けようなんて思わない。

 関心を持っているような素振りを見せる男子生徒もいるが、それも結局は煩悩にまみれた目的。叶の濡れた下着姿の盗撮だけしか行わない。

 女子生徒が一人叶の持ち物に水をかける。教科書が入った鞄に水がかかるのを見た叶は血相を変えて鞄に飛びつく。


「やめて……! これには手を出さないで……!」


 先日、教科書が破れている、大事にしていないと母親から殴られたアザが痛みを発する。叶は家でも酷い虐待を受けていた。

 母親からは毎日のように殴られ、酒癖の悪い父親からも家にいるときは暴行される。そんな生活に耐えかねて児童相談所に逃げたこともあったが、結局はそこの職員も助けてくれず家に帰され、食事も服も与えられないまま真冬の屋外に放置されたこともあった。

 教科書を濡らそうものならまた殴られる。包丁で切られたこともある恐怖で体が震えた。

 が、そんな叶を見た動画を撮影している女子生徒はスマホを片付けると叶を引き剥がし、鞄ごと教科書をバケツに沈めた。


「あ、あぁ……」

「あらごめんなさい。雑巾かと思って水に沈めちゃった」


 わざとらしくそう言う彼女。そして、ふと教室を見渡して舌なめずりをした。


「あら。丸井が叶のこと見てくれているわよ」

「へ!? 巻き込まないでほしいでござるな。僕は今嫁の新規衣装を当てるために課金してるから尻軽の相手なんて……」

「ああはいはい。でも、おっぱいは気になるんじゃないの? ほら、叶って見た目は良いんだし」


 確かに。叶の見た目は世間一般的に言うと美人に当たる方だろう。

 黒水晶のような瞳とサファイアのような青い瞳のオッドアイ。スタイルもよくて締まっているところは締まり、出るところは出ていた。

 そんな彼女がどうしていじめられるのか。理由は本人にも分からない。可能性を挙げるとするなら、目を隠すほどに長く伸びた黒髪と気配の薄さだろう。口下手なことも理由かもしれない。

 二人の女子生徒が叶を丸井と呼ばれた男子の前まで連れて行く。そして、リーダー格の女子が叶のブラジャーのホックを外した。

 必死に胸を隠そうとする叶と、腕をどけようとする女子で小さな戦いが起きる。


「見せなって。誰も興味ないわよ」

「いや。やだ……!」


 必死に抵抗していると、教室に長身の女性が入ってくる。このクラスの担任教師だ。


「ほら席に着け~。……おい宮野。なんだその格好。教室だって分かってるのか? HRが終われば生徒指導室まで来い」


 担任も叶に味方してくれない。どこにも逃げ場はなかった。

 涙を堪えながら濡れた制服に袖を通す。そして、クリーム状の汚いものが塗りたくられた椅子に座った。

 周りから汚物を見るような視線を感じる。その視線から逃げるように顔を背けると、ふとそれを見つけた。


「……え?」


 床に描かれた光る魔法陣。それが輝きを増して広がっていくものだから、ようやく他の生徒たちも異変に気がつく。


「なんだ!? 皆、急いで教室を……」


 担任の注意も虚しく、次の瞬間にはクラスにいた全員が光に包まれた。


◆◆◆◆◆


 そして、目が覚めると叶たちは神殿のような所にいた。

 目の前にはパルテノン神殿のような建物があり、背中から翼の生えた人を侍らせる女性もいる。


「突然のご無礼お許しください。私は、自然の女神フォレア。実は皆さんにお願いしたいことがあってこうしてお呼びしたのです」


 いきなり意味の分からないことを言い出す女性。多くは混乱しているが、教室で普段からアニメの話をしている集団に属する生徒は冷静だった。


「もしかして、この中の誰かが勇者とか? んで、異世界の魔王を倒すために転移するとか」

「お前バカか。そんなことあったらいいなとは思ってるけど実際にあるわけ……」

「ご説明と理解ありがとうございます。そちらの斉藤くんの説明でほとんど合っていますよ」

「マジですか……。というか、俺の名前知ってるしガチの女神様?」

「はい。勇者として選ばれたのは金剛くんです。皆さんは、金剛くんのサポートをお願いします」


 そんな説明を後ろで聞いていた叶は一人考える。


(勇者は委員長か……どうでもいい。私のこと奴隷みたいに扱ってきたもの)


 学級委員長の金剛勇こんごういさむ。勇者に選ばれたのは彼だが、もちろん勇も叶のいじめに加担していた。

 クラスメートの困りごとをすべて引き受け、そっくりそのまま叶に押しつけていた。もし失敗すると、罰としてトイレに連れ込まれて小便器を舐めさせられたこともあった。

 そんな男が勇者だなんて笑えないと思いながらも、叶は別のことに期待する。


(こういう話はあんまり詳しくないけど、確か異世界から来た人間は特別な力を手に入れることができるんじゃ? そうしたら、いじめもなくなるかも……)


 ただ、このいじめをやめてくれるかもしれない。そう期待していた。

 フォレアが指を鳴らす。すると、全員の体が宙に浮かんだ。


「では、行ってらっしゃいませ。皆さんが向かう世界はフォーマルアイランド。私が主神をしている世界です。向こうの教会に神託はしているので、彼らに任せて安心ですよ。皆様が魔王を倒し、世界を救う英雄にならんことを」


 そう言って、叶たちの体が虚空へと消えていった。

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