竹取物語かな

@kiriekou

プロローグ

加菜はだらりと垂れたステファニーの左手から指紋を奪った。その眠気が睡眠薬によるものだと知らずに彼女が眠りこけたから。ステファニーは三か月ぶりに会った親友の加那に薬を盛られることを予想できるはずも無かった。

「ステファニー、最近の私はすこぶる調子がいいの。月は慈悲深い朝の女王だったわ」

 ステファニーは加那の言葉の節々にみえた他人の、いや、別の本人の影に気づくことができなかった。だから、彼女は紅茶を飲んだ。加菜が淹れた最高にホットな紅茶の毒が全身に回る感覚。それは、眠気。

 真っ暗な部屋に明かりが再び灯ろうともステファニーはピクリとも動かなかった。加菜は流れるように彼女の閉じた瞼を開いて、虹彩認識リーダーをかざした。緑色の線が下の白から黒を通過して上の白を越えた時、終了を知らせる甲高い音が鳴った。彼女の瞳と指に秘められていた最高権限コードは今まさに月に渡った。これで月人つきびとは監視衛星の偽造セキュリティパスを作ることができる.いくら月が衰え始めているとしても、ほんの五十年前に核戦争で滅びかけた地球ごときの科学力に負けるはずがない。一度セキュリティシステムを完全解析してしまえば、新世界人しんせかいじんにバレずに地球用監視プログラムをのっとることなど容易だった。

 与えられた用事が済んだ加菜は豪勢な2LDKのステファニーの部屋を後にする。ステファニーは差別にも負けずキャリアを勝ち取ってきた。そのキャリアを奪った相手が一番の親友で、同郷の加菜であったことは本当にいたたまれない。加菜は彼女を裏切った。それは加菜が彼女で無かったからなのかもしれないし、かなの表層に君臨する彼女が強い女であったなら起こらなかった出来事なのかもしれなかった。

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