決闘③

「―――ふっ!」



 開始と同時にソラは初手から最大出力で『天鎧』を発動。


 無色の魔力が蒸気のように全身から迸る。


 思考は切り替えられ、魔力という燃料を投下された身体に力が漲っていく。


 観客のざわめきも、不安に揺れるミリアリアの瞳も、ソラは意識的に脳裏から遮断。


 重心を落とし、半身に構えた。



「――フン」



 対してウェルズリーは眉一つ動かさない。


 ただ、冷めた瞳でつまらなげにソラの魔力を眇めた。



「……未熟な『天鎧』だな。質も量も話にならない。色無しの魔力は自身の力を引き出し切れていない証拠だ。その程度の力量でよくもあれだけ大口が叩けたものだな」



 興ざめとばかりに吐き捨てながら、ウェルズリーは橙色の魔力を身に纏う。


 悠々と近づいてくるその様は余裕の表れか。



 ――上等だ。



 ソラはその場から動かず、相手の一挙手一投足を見逃さぬよう注視する。


 ウェルズリーはそのまま一歩二歩と歩を進めてくる。


 そして、互いの距離が五メートルほどに差し掛かったところでウェルズリーは一気に地を蹴った。



「―――ッ!」



 間合いは一足にて詰められた。


 その速度は画面をスキップしたかのような錯覚をソラに引き起こさせる。




(速いっ――けどっ!)




 迫りくる拳をソラは勢いに逆らわず後方へといなした。


 その結果、速度を乗せたウェルズリーの拳は身体ごと大きく流されていく。



「生意気なっ!」



 ウェルズリーは即座に体勢を立て直し軽快なステップでソラの側面へと回りこむ。


 最初の一撃で軽く決める腹積もりだったのか、ウェルズリーは苛立たしげに拳に魔力を集中させ、そのまま矢継ぎ早に連撃を叩きこんできた。


 常人ならば重傷を負わしかねない魔力出力に周囲にどよめきが走る。



「――ッ!」



 しかし、ソラはその攻撃を見極め、捌く。




 ソラにとって初の魔術戦。



 しかし、身体は強張っていない。


 僅か数日ではあるが、アンジェラとの実戦さながらの訓練が活きている――っ!




「――ふっ!」




 迫りくる連撃を捌ききると同時にソラは一歩踏み込み、魔力を右拳に集中。



 撃ち終わりの隙に攻撃を叩き込む。




「……ちっ!」




 反撃を察したウェルズリーは即座に後方へと跳躍。


 そのままクルリと回転し、リングへと華麗に着地した。



(くそっ、反応が早い……やっぱり警戒されてるな)



 今程度ならば恐らく相手は回避も反撃も出来ただろう。


 しかしウェルズリーはこちらが撃ち始める前から大きく距離をとってきた。



 この決闘に限って言えば、ウェルズリーは一発でも喰らえば即敗北なのだ。


 当初の想定以上に相手はこちらのカウンターを警戒している。



(僕のレベルだと下手に魔力を移動しようとすれば攻撃が読まれるか。けど、向こうはこっちの一発を避けるためにどうしても動作が大きくなる。フェイントを混ぜていけば隙を作ることもできるか……?)



 内圧を下げるようにソラは、ふー、と熱い息を吐きだし、再び半身へと構え直した。





『―――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼』





 静寂だったアリーナに怒号のような歓声が響きわたる。


 ソラの思わぬ力量に観客たちの視線がやおら熱を帯び始めていった。



「へぇ、中々形になってるじゃねえか。修道騎士が遣う対人格闘術に似てるな……そうか、あの聖女様の仕込みか」



 キースが顎を撫でながら、どこか納得したような感嘆の声を漏らす。


 だが、隣で観ていたミリアリアはハラハラと生きた心地がしない。




「……………」




 ウェルズリーは冷徹な眼差しで目の前の少年を観察する。

 


 

 ――最初の一撃はともかく、そのあとの連撃は素人ならば捉えることも難しいはず……マグレ、ではないか。




 魔力の移動術はお粗末なものだが、それでも己の攻撃を捌き切ったソラの反応速度は確かに瞠目に値する。


 腹立たしい。


 腹立たしくはあるが、ウェルズリーは内心でソラの実力を上方修正した。

 


「なるほど。未熟なりに小手先の技術はあるか。我流ではないな。誰に習った?」


「教えるわけないだろ。まあ、そっちが降参するっていうなら考えてやってもいいけど」


「……調子に乗るなよ。多少技術があろうと君の脆弱な魔力ではその防御も長くは保つまい。このまま攻め続けていけば魔力量の差ですぐに詰みだ」


「…………」



 ソラは答えない。



 先ほどは上手く捌くことが出来たが、そう何度もは保たないだろう。


 悔しいが、身体能力も魔力は相手が上。


 ウェルズリーの言う通り、このまま続けていけばいずれジリ貧に追い込まれる。



 さて、どうしたものか、と思っていると、ウェルズリーがその場でトントンと軽い跳躍を始めた。



「このまま続けても私が勝つのは自明の理。だが、それではあまりに芸がない。ここは一つ、君に魔術の指導をしてやろう」



 ウェルズリーの気配が変化する。


 身体全体を均等に覆っていた橙色の魔力が滑らかに足元へと移っていく。



「………っ!」



 ソラは一気に警戒を最大まで引き上げた。


 重心をさらに落とし、迎撃態勢を整える。

 



「――行くぞ。精々持ち堪えて見せろ」




 言うと同時、パンッ、と何かが弾かれるような音が響いた。


 ウェルズリーの姿が視界から掻き消える。



 


 そして次の瞬間、ソラの眼前に拳を振りかぶった状態で現れた。





「―――え?」






 予想外の事態にソラの意識に空白が生まれる。


 まずい、と本能が警告を発し、咄嗟に両腕を交差させ身体の正面に構えた。




 ドズンッ! という鈍い打撃音とともに両腕に甚大な衝撃が走る――!





「―――ッが、ああああああッ⁉」




 有り得ないほどの速度を乗せた拳はソラの身体を小石のように軽々と吹き飛ばす。


 数回バウンドを繰り返しながらも勢いはなおも止まらない。


 このままだとリングの外へ放り出される。




 くっ! と、ソラは咄嗟に四肢をリングにつけて勢いを殺した。




 ザリザリザリッ! と、掌に焼き鏝でも押し当てられたような熱が走る。



(なんだ、今の⁉ 僕は一瞬も意識を外していない! なのに吹っ飛ばされるまで全く見えなかった⁉)



 リングの縁でようやく勢いが止まり、ソラは混乱した頭のまま顔を上げる。


 だが、そこにウェルズリーはいない。


 再びソラの視界から姿を消していた。





「――止まっては駄目ッ! ソラ君、動いて‼」




 ミリアリアの必死の警告。


 訳のわからぬままソラは殆ど床にダイブする勢いで横に飛ぶ――直後に爆音。


 半秒前までソラが居た場所をウェルズリーの蹴りが打ち抜いたのだ。



「―――なッ⁉」



 砕かれたリングの破片が散弾となって四方に放たれる。


 体勢を崩していたのが幸いした。


 頭上を飛んでいく破片をやり過ごすと、ソラは転がる勢いのままに身体を起こし、一気にリングを駆け出した。



(なんなんだ、このスピードは⁉ 早過ぎるだろ⁉ とにかく止まっていたら狙い打たれるっ! このまま駆けまわって距離を稼ぎつつ何とか隙を―――)




「――遅いな。散歩でもしているのか?」




 橙色の閃光がソラの進路を横断する。


 思わずソラの足が急停止。


 閃光はそのままリングの上を縦横無尽に駆け巡り、ソラを囲うように軌跡を形成していく。



(マズッ、逃げられない⁉)



 先ほどまでとは比べものにならないスピード。もはや捉えることなど不可能だった。


 ダンッ! という踏み込みの音。


 ウェルズリーは目にも止まらぬ速さで拳を放ってくる。


 ソラは両腕を盾にして防御。同時に両腕に走る五つの衝撃。




「………ッッッ⁉」




 軽やかに放られた一撃一撃がとんでもなく重い!


 骨の軋む音が頭の芯まで響いた。


 ダメージを軽減する術式の中でなおこの威力。


 堪らず後方へ飛ぶが、ウェルズリーはすでに進行方向に回り込み、拳を撃ちこむ体勢で構えていた。



「くっそ―――ッ!」



 思わず毒づく。


(方向転換を……駄目だ! もうこの勢いを殺すことはできない! なら受け止める? それも無理だ! 多分さっき以上の一撃が飛んでくる。僕の魔力じゃ防ぎきれない!)



 ならばどうする⁉


 考えている時間はない。



 ソラは直感に従い、魔力を操作。





 ウェルズリーの拳が迫ってくる。


 死が迫ってくる。





 周囲から音が消え去り、時間感覚がスローになった気がした。





 そして、








「――ソラ君ッ‼」










 ミリアリアの悲痛な叫びだけがソラの耳に響いた。


















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