幕間――月下美人

 それはとある王城の執務室での会話だった。






「それで、間違いないのですね?」






 窓から差す月光が室内を淡く照らす。手元のランプを頼りに執務をしていた少女は目前に控えていた女に問いかける。






「――は。アルゴーニュ地方に放っている手の者たちからの報告です。三日前の未明、ラルクスに隣接する森の中で黄金の焔を確認したと。間違いなく〝聖焔〟の光でしょう」








 女の報告に少女は気だるげに椅子の背もたれに体重を預ける。




 思案するように窓の外を覗きながら、乾いた声で呟いた。








「ラルクス……確かアークレイ家の当主が市長を勤める観光都市でしたか。では、あの女は今そこにいると?」




「は。彼女は十年前よりアークレイ家専属の傭兵として契約を結び、その街に居を構えております」








 女の返答に、少女は眼を眇める。








「なるほど? 〝聖焔〟の力を盗むだけでは飽き足らず、かの力を薄汚い傭兵稼業に利用しているというわけですか――実に、不愉快な話です」








 少女の双眸に炎の色が揺らめく。それが、深い憎しみから来るものだと女は弁えていた。








「それで? 報告はそれで終わりですか? あの女の居場所は常に把握しておくようにと命は下しましたが、それを私に伝える必要はないと言ったはずですよ。そうでないとすぐにでもその場へ乗り込んで殺してしまいそうでしたから。このタイミングで報告するということは、まだ他に言うべきことがあるのではないですか?」




「……は。ご賢察の通り、報告すべきことはまだございます」




「言ってみなさい」






 少女が先を促す。




 女は自らの動悸を抑えるように浅く息を吐き、








「彼女は現在アークレイ当主の依頼でとある少年の護衛に就いているそうです。歳の頃は十歳前後。なんでも、








 女の報告に少女は目を見開く。




 それからすぐに自らの表情を隠すように顔を俯かせた。






「……そう。つまり貴女はその少年が〝そう〟なのだと?」




「確証はありません。ただ、紛い物とはいえ聖剣の継承者の元に現れたこと。そしてかの聖霊の予言と時期が一致していること。可能性はあるのではないでしょうか」






 努めて淡泊な声で応じると、少女は考え込むように押し黙る。








「いかがいたしますか?」




「近日中にラルクスに向かいます。準備を進めておきなさい」








 少女の簡素な命令に一礼し、女は踵を返す。




 女が部屋から退室し、足音が遠ざかったことを確認すると、少女はようやく顔を上げた。










「……確証があるわけではない、ですか。まあ、それは確かにその通りですけどね」










 そもそも可能性の話をするならそれ自体が極小だ。




 この期待も、今までの労力も全てが徒労に終わる可能性の方がずっと高いだろう。








 けれど、








「……くふ」






 少女の口から笑い声がこぼれ出る。






「くふ。くふふ」






 今、自分がどんな表情を浮かべているのか分からない。




 けれど胸を満たすこの感情の正体は知っている。






 これは歓喜だ。






 あの日、失われた全てを取り戻せる可能性が現れたことに、己はどうしようもなく高揚している。










「くふ。くふふ。くふふふふふふふふふふふふ……っ!」










 少女は抑えていた感情を開放するように喜びの声を上げる。




 心音がドクドクと耳朶を撃つ。




 頬が紅潮する。にやける顔を必死に押さえていないと二度と戻らなくなりそうだ。








「――長かった。長かった、この十年。やっと、やっと、やっと……っ!」








 少女は椅子から立ち上がり、窓から覗く月を見上げた。






 あの夜空に輝く月を掴みとるような、そんな絶望的な道のりだった。




 けれど今、手を伸ばせば届くところに、〝それ〟がある。












「ああ、いつ以来でしょうか。こんなにも心が高鳴るのは……もうすぐ、もうすぐ迎えに行きますからね――お兄様」
















 輝く金糸の髪と蒼穹の瞳。








 静かな月の夜。












 聖王と同じ色彩を持つその少女は、恍惚に身を震わせながら、その美しいかんばせに花を咲かせていた。




























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