諍い(後編)

「ふはッ。ま、そうだよね」






 アルカが我が意を得たりとばかりに笑いだす。だが、ソラはそちらを見ずに目の前の男から目を離さない。




 提案を断られたウェルズリーは静かに問いかけた。






「……理由を聞こうか」






 苛立ち混じりの声に、ソラは肩を竦めて返す。






「そっちが本気で僕のことを考えてくれてるなら、もう少し悩んだんだろうけどね。結局さ、その提案ってミリーさんへの当てつけなんでしょ? そんなのにわざわざ付き合う気にはなれないし……それに、騎士の何たるか、とか言ってたけど、僕にはミリーさんの方がよっぽど騎士らしく見えるから」




「……貴族である私が、平民のその女に劣っていると?」




「そういうセリフが出てくる時点で話にならないよ。現状に不満があるなら、それを変えるために自分を高める努力をすればいい。少なくともミリーさんは過去の失敗に挫けず、努力して、隊長になったんでしょ? 僕はそういう人の方が尊敬できるし、立派だと思う。それに比べてそっちはどうなんだ? 貴族だの平民だのを理由にしてミリーさんのことを見下して。その上、よく知りもしないくせにミリーさんの過去を得意げに語って。そんなのが騎士だっていうんなら、僕はそんなもの知ろうとも思わないし、憧れだってしないよ」






「……ソラ君」






 不覚にも、その言葉にミリアリアの心は感銘を受けてしまった。




 ミリアリアに対する侮蔑や嘲笑は何もウェルズリーに限ったことではない。




 出自や過去を理由に貶められることはこれまでに何度もあった。そして、その度にミリアリアは己を鼓舞して、抗ってきた。




 そのことを同期や先達の騎士たちに気遣われることはあったが、これまでの道程を認めてもらえたのは、思えばこれが初めてだったかもしれない。






「君も我々貴族を侮辱するのか」






 ウェルズリーの口から小さな呟きが漏れ出た。




 感情を堪えきれず、漏れ出でたような呪詛の声色。






「別に侮辱しているつもりはないよ。ただ、僕は始めから与えられていたものよりも、自分の手で掴み取ったものの方が価値があると思ってるだけだ」






 ソラは眼を逸らさず、真っ直ぐにウェルズリーを見据える。




 ウェルズリーの表情が一瞬憤怒に歪んだ。




 その言葉は、ウェルズリーにとってこの上なく挑発的。




 ウェルズリーは、そうか、と、ぐっと拳を握りしめる。




 そして、その双眸をぎらつかせた次の瞬間、ウェルズリーの身体が弾かれたように地を蹴った。






「―――ッ!」






 突然のありえない行動に、ミリアリアの反応が一瞬遅れる。






「―――っ⁉ しまっ、ソラ君‼」






 ウェルズリーは既にソラとの距離を詰め、拳を振り上げている。






(―――間に合わないっ!)






 ミリアリアがそう思った直後。




 高速で撃ちだされた拳を、ソラは半歩身を引き、あっさりと受け流した。






「「―――なっ⁉」」






 驚愕は二人。




 躱されると思っていなかったのか、ウェルズリーの身体が拳を振り切った状態で僅かに固まる。




 その隙を見逃さず、ソラは無防備となった脇腹に返す刀で肘鉄を叩きこんだ。






「―――ガハッ⁉」






 ドンッ! と、重く鈍い音を響かせてウェルズリーの身体が観覧席の手すりに激突。




 カウンターを叩き込まれたウェルズリーは、血走った眼でソラを睨みつけた。






「貴様……ッ!」




「大人しく殴られてやると思ったのか? 悪いけど、そんな義理はないね」






 涼しい顔でこれみよがしに殴った腕をプラプラと振ってやる。




 小馬鹿にするように鼻を鳴らすソラに、ウェルズリーの視界が真っ赤に染まった。 




 ただし、






(……痛っっったああああああああああああああああああああ⁉ なんだよ、こいつ! 服に鉄板でも仕込んでるのかよ⁉ 完璧に入ったっていうのに対して効いてもいないしっ!)






 表情には出さず、ソラは内心で悶絶した。




 骨にこそ異状はないものの、今も殴った肘に激しい痛みが走っている。






「へえ。あの一瞬でキミの攻撃を魔力でガードしたみたいだね。性根は腐ってても一応は騎士の端くれってことかな」






 呑気に分析するアルカをじろりと睨みつける。






「おいおい、そう睨むなよ。これはキミが始めた喧嘩だろ。一応忠告しとくけど、今のキミじゃ彼には勝てないよ。謝っとくなら今の内なんじゃない?」




「……は。冗談」






 ぞくり、とソラの口元が吊り上がる。




 闘争心に火が点いたように獰猛に。






 ああ。まったく、現実というのは本当に難儀で――越え甲斐がある。






「何を小声で呟いている。恐怖のあまり頭が狂ったか」




「ああ、確かに狂ってるのかもね。最近じゃ変な幽霊まで視えるようになっちゃったし」




「ちょっとっ、だから幽霊じゃないって言ってるだろ!」






 不満そうに声を荒げるアルカは無視する。






「まあ、だとしても性根が腐ってるよりマシか。こんな小僧に一発もらうようじゃそっちの実力も大したことないみたいだしね」




「……よく吼えた。その言葉、後悔させてやるぞ」








 ――ゴオッ! と。








 ウェルズリーの身体から橙色の魔力が迸る。




 アウローラと同じ魔力属性。




 七原色――〝赤〟の系統色。






「ウェルズリーッ‼」






 ミリアリアが鋭く叫ぶ。




 ウェルズリーが纏う魔力の総量はもはや冗談で済ませられる範囲を遥かに逸脱していた。




 全身を突き刺すような強烈な圧迫感。




 けれど、ソラは腹の底から力を入れ、震えそうになる指先を拳を握って無理矢理押さえつけた。






(気圧されるな……っ!)






 恐怖を表に出すな。


 強者の皮を被れ。


 相手に脅威であると思わせろ。




 ここで弱腰になればその隙をつかれる。


 格上相手にそれは即座に致命傷となり得ることをソラは本能で理解していた。






 苛烈な緊張感が場を支配する。






 必ず一矢報いてみせる。




 ソラが不退転の覚悟を固め、一歩踏み込もうとして、








「――おい。俺のシマでなにハシャいでやがる、クソガキども」








 ミリアリアとウェルズリーの二人が、ぎくり、と身体を竦ませる。




 アルカがきょとんと後ろを振り向いた。






 いつの間にか、ソラたちの後方……観覧席の入り口付近に一人の男の姿があった。




 整髪料で整えられた髪に大柄な体躯。そして眉間から左頬にできた大きな傷跡。










 先ほどソラたちと別れた中年の巨漢――キース=アウグスト=ヴァイルシュタインが悠々とパイプを吹かせながら、ソラたちを睥睨していた。






























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