過去③

 彼と出会ったあの雪の日から、五年の月日が流れた。








 結論から言うと、少女には才能があった。






 わずか五年の間に彼はいくつもの武勲をたて、遂にはこの国の王にまで登り詰めた。




 そんな彼を傍で支えるために、少女は血を吐くような練磨を重ね、名前すら与えられなかった最底辺の身分の出身でありながら、やがて王の近衛として侍るまでとなった。








 下賤の身のくせに。子供のくせに。








 そんなやっかみもあったし、中傷もされた。




 けれど少女にとって、そんなことはどうでもよかった。




 その程度の悪意など慣れたものだったし、何よりも大好きな彼の傍にいられることの方が、少女にとっては重要だったから。








 しかし、彼はそれを喜んではくれず、少女が戦いの中に身を置くことを厭い、騎士となった少女の未来を案じた。








「お前は、本当にそれでいいのか?」








 揺れる瞳で彼は少女に問いかける。




 その問いに少女は迷いなく、もちろん、と首肯する。








 この心も、この力も、全て貴方に捧げしもの。






 あの苦しみも、あの痛みも、全てはきっと、この場所に至るために。








 ―――私の全ては貴方のために。








 あの日の誓いは今もなお、深く、深く、この魂に灼きついている。








 そう彼に伝えると、彼は困ったように苦笑した。






「お前の生き方に口出しする権利はお前以外の誰にもない。それでもお前が俺を主君と仰ぐなら、俺はお前の主として一つだけ絶対命令を下す。違えることは断じて許さん。心して聞け」








 少女の身体が自然と強張る。








 そして、彼は少女にその命令を告げる。








 厳格な王としての顔で。




 有無を言わさぬ声音で。








「――生きて笑え」










 そんな言葉を、口にした。








 その瞬間、少女の全身が歓喜に震えた。




 それはきっと、世界で一番優しい命令だった。






 ただ生き残るだけでは駄目なのだと。




 生き残ったその先で、幸せにならなければ駄目なのだと。










 彼の言葉に込められたその優しさが、少女の心をどうしようもなく震わせる。










 少女は跪き、頭を垂れ、己のたった一人の主君に宣誓する。
















 ―――非才なる我が身の、全霊を以て。
















 それが少女の誓い。




















 美しく煌めく、朝焼けの光だけが、二人を淡く、優しく、見守っていた。




















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