アークレイさんちの朝ごはん

 食堂のテーブルにはいくつもの料理が所狭しと並べられていた。








 スクランブルエッグ、サラダ、ポタージュ、野菜とハムのサンドイッチ、マッシュポテト、ミルクの麦粥。








 大皿に積まれた大量のソーセージに、最後は止めとばかりにフルーツの盛り合わせ。








 食卓についているのはセリアとソラ、それに私の三人だけ。フェリシアは後ろに控えている。




 テーブルに並べられた料理は軽く十人分くらいはあったと思うのだけれど……








「うん、めっちゃうまい!」








 ソラは幸せそうに次々と料理を平らげていく。朝食を食べ始めてからしばらく経っているのにそのペースは未だに落ちる気配がない。








 その量はソラ一人でそろそろ七人分に達しそうな勢いだった。






「……お前、見かけによらず結構食べるんだな」




「そうかな?  鍛錬した後だからお腹が減っちゃって。まあ、そうでなくても僕は普段からこのくらいの量なら普通に食べるけど」




「………………」






 モリモリとサンドイッチを頬張りながらのセリフに、私は言葉を失う。




 普段からこの量って……この子の食費って月に一体いくらぐらいになるのだろうか?






 そんな益体もないことを考えていると、後ろに控えていたフェリシアが声をかけてきた。






「よろしいではありませんか、アウローラ様。よく運動して、よく食べる。非常に健康的なサイクルです。ソラ様、よろしければポタージュのおかわりはいかがですか?」




「ありがとうございます、フェリシアさん。いただきます!」






 ソラは空になった皿を元気よく手渡す。




 それを受け取ると、フェリシアは口元を綻ばせながらキッチンへと向かっていった。








「フェリシアのやつ、やけに機嫌がいいな。あいつが笑ってるところなんて初めて見たかもしれない」




「そりゃあ単純にお前がフェリに好かれてないからだろうさ……まあ、アレもあんまり感情を表に出すタイプじゃないのは確かだがね。自分が作った料理を美味そうに食べてくれるのが嬉しいんだろうさ」








 食後のコーヒーを飲んでいたセリアが苦笑交じりに反応する。




 相変わらず、この女は言いにくいことをはっきりと言ってくる。








「え?  アウローラとフェリシアさんて仲悪いんですか?」






 と、そこでセリアの言葉を聞き咎めるようにソラが顔を上げた。






「いや?  仲が悪いというより、この場合は良くはないって表現の方が正しいね。アウローラもフェリも仕事上の会話だけでプライベートの交友なんて一切ないからね。仲良くなるはずがない。それなりに長い付き合いだっていうのにどうかと思うがね」




「そうなんだ……アウローラはフェリシアさんのことが嫌いなの?」






 ひどく純粋にソラが問いかけてくる。




 私はそれに投げやりに答えた。






「……別に。嫌いも何も、そもそも話すことが無いだけだ。向こうだって私と話しても退屈なだけだろ」




「フェリシアさんがそう言っていた?」




「……言わなくたって分かるだろ」








 面倒くさくそう言うと、ソラが、うーん、と首をひねる。








「どうかな。言葉にしなきゃ分からないこともたくさんあると思うけどな。とりあえず、『ありがとう』とか、『美味しかった』とか言ってみたら? 感謝の気持ちを伝えるだけで大分印象は変わると思うよ?」




「ああ、君は本当に良いことを言うな、ソラ。というわけでアウローラ、フェリが戻ってきたら、ぜひとも言ってみたまえ。きっと驚いて目を丸くするぞ」








 揶揄うようにセリアが言ってくる。




 底意地の悪いその態度に私は少しだけむっとなった。








「言わないよ、そんなこと。今までだってこれで何も問題なかったんだから、今更仲良くする必要なんてないだろ」




「必要とか不要とか、そういう話じゃないんだがね。まったく……今年で二十四にもなるくせに、よくもそこまで拗らせられたものだ」




「余計なお世話だ」








 私はそっぽを向いてサンドイッチを齧る。




 もともと料理なんて、お腹が膨れればなんだっていいのだ。




 美味しいか不味いかなんて、さして重要でもない。






 ……まあ、確かにそこらの店よりも、フェリシアの料理の方が味が良いのは認めないこともないけど。








「お待たせしました……何かあったのですか?」








 ポタージュをよそいで戻ってきたフェリシアが私たちの間の奇妙な空気を感じ取ったのか、眉を顰める。




 促すように二人がこちらに視線を向けてきたけど、私はそれを無視してやった。








「……なんでもないよ。ただ、お前が作った料理は美味いって話だ」




「はあ……? それは、ありがとうございます」






 仕方なげに溜息をもらして言うセリアに、いまいち納得いかなそうにしつつも、フェリシアはソラの前に皿を置く。






 ソラは置かれたそのポタージュを早々と平らげると、すぐに満面の笑みを浮かべた。








「うん。やっぱり、すごく美味しい。ありがとう、フェリシアさん。こんな美味しい料理なら毎日だって食べたいくらいだ」








 ソラが笑顔で礼を言うと、フェリシアがふわりと微笑んだ。








「恐縮でございます、ソラ様。おかわりはまだたくさんありますから、遠慮なく召し上がってくださいましね」








 それは冷たい氷が融けるような可憐な笑顔だった。








 この数年の付き合いの中で、私に見せることのなかった表情。












 ……なるほど。












 この子の言う通り、感謝の言葉を伝えるというのは少なくとも彼女にとってはそれなりに重要なことだったらしい。
















 †














 朝食が終わると、セリアが話を切り出してきた。








「――さて、それじゃ今後の予定について話し合おうか」






 満足そうにお腹を押さえていたソラが顔を上げる。






「今後の予定、ですか?」




「ああ、昨日は準備が何もできていなかったからこの屋敷に泊まってもらったけどね。ソラ……君には今日からアウローラのアパートで彼女と一緒に住んでもらうことになる」






 決定事項のようなセリアの口振りにソラがきょとんと首を傾げる。






「あれ、そうなんですか? てっきりこの屋敷で一緒に住むことになるんだと思ってましたけど」




「本来ならそうしてやりたいところなんだがね。これから私たちは終戦記念式典の準備で色々と忙しくなる。屋敷を空けることも多くなるし、逆に屋敷への来客も増えてくるだろう。不特定多数の人間が入り乱れる状況は君にとってあまり良い環境とは言えないと思ってね」






「終戦記念式典?」






 耳慣れない単語を聞いたソラが疑問の声を上げる。




 セリアは、ああ、とうっかりしていたというように頭を掻いた。






「そうか。君にはその辺りの説明も必要か……んー、そうだな。君はアンジェから人魔大戦のことについては何か教わったか?」




「さわりだけなら。たしか何十年も続いた魔獣との戦争のことですよね?」




「そうだ。人魔大戦は十年前、〝聖王〟カイラード陛下やその他多くの英雄たちの命を代償に終結したが、永きに渡って続いたこの大戦は世界に甚大な被害をもたらした。今も続く局所的な魔獣災害はもちろん、飢餓や貧困、疫病の増加……まあ、幸いこのラルクスはよそと比べると被害はかなり小さい方なんだがね」




「それは良かった……って、言っていいのかな?」




「言うべき場所と相手を間違えなければ構わないだろうさ……でだ。終戦記念式典というのはその名の通り、大戦の終結を記念した式典のことだ。と言ってもそこまで堅苦しいものじゃない。ラルクスを含めた近隣都市合同で行われる大規模な祭りみたいなものだ。開催まで残りひと月もない。出来る限りのフォローはするが、その間、君の面倒は基本的にアウローラが看ることになる」








 そこでセリアの真摯な瞳が私を射貫く。








「そういうわけだ、アウローラ。大人しそうな見た目に反してこの子は色々と危なっかしい。護衛の件、くれぐれもよろしく頼む」








「……頼む、ね」








 その言葉に、私は少しだけ訝しむように目を眇める。




 貴族らしく、普段から命令や決定口調で話すセリアがそんな言葉遣いをするのはかなり珍しい。






 昨日も思ったけど、それだけセリアはこの少年に思い入れができているということだろうか。








「護衛に関してだけなら引き受けるさ。ただ全面的に面倒を看ろっていうなら無理だぞ。知っての通り、こっちは騎士崩れの傭兵もどきなんだ」




「そこはお前なりのやり方で構わないさ。できる限りこの子が傷つくことのないよう便宜を図ってやってくれ。寄る辺のない者の気持ちは、お前も身に染みて解っているだろう?」








「……………」








 諭すような言葉に私は何も言えなくなってしまう。




 本当に、この女は見透かしたように物を言ってくる。








「ま、差しあたって今日は日用品の買い出しだろうな。これから二人で住むにあたって色々と入り用な物もあるだろう。買い物ついでにソラに街の案内もしてやってくれ」




「……いいけど。私は今あまり手持ちがないぞ」




「そのぐらいは経費ということで私が出すさ。それ以外にも必要な物があるなら後日請求してくれればいい」




「それはまた……随分と太っ腹なことで」




「馬鹿言え。私の腹は太くなんてない」








 つまらないことをセリアは言う。




 相変わらず、この女のジョークのセンスは壊滅的なようだ。




 そんな私たちのやり取りを静かに聞いていたフェリシアが声をかけてくる。






「アウローラ様、それでは本日は街へ買い出しに?」




「不本意ながらな。お前もそれでいいか?」




「もちろん! 教会にいた頃はほとんど街に出る機会がなかったからなー。楽しみだよ」








 視線を向けると、ソラが目を輝かせてそわそわとしていた。




 その仕草はさながら散歩前にしっぽを振る子犬のようで少しだけ微笑ましい。








「かしこまりました。それでは私の方で今後必要になりそうな日用品と店をリストアップ致します。街の案内もとなると、あまり買い出しに時間も割けないでしょうし」






「ああ」






 てきぱきとしたフェリシアの仕事ぶりに感心しつつ時計を見ると、時刻は九時を少し過ぎたところ。












 窓から覗く外の天気は憎らしいほどに晴れ渡っていた。












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