2021/06/06:小説トレーニング。(船乗りのラジオ)――――――#物語

 今日は特に何の縛りもなく物語を書いていこ

うと思う。とはいえ一日で書ける量には限りがあるので、短編の基本単位である1万字は書けない。が、取り敢えずやってみよう。

 テーマは今まで書いた文章の中から選ぶことにした。どんな物語が紡げるか私も楽しみだ。


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タイトル:船乗りのラジオ

文字数:4,779字

………………


 電気が不要だという人は少ない。いや、正確に述べるなら「現在電化製品を使っている人からすれば」というべきか。明かりだけに電気を使っていた時代なら逆行できただろうが、情報処理に電気を利用した時点で、人類は歩みを止める選択肢を失った。


 徹里の店では電化製品の修理を請け負っていた。元々はただ頼まれごとをこなしているだけだったのだが、遠方から来る人も多くなり、少しばかりの料金を取ることにしていた。そうするうちに、遠く海の向こうから訪れる人も疎らにいた。そんな生活も3年ほどたって、徹里は24歳である。


「ボイスレコーダーが動かなくなった。」


 徹里とおりの店にきた麦わら帽子を被った少年はそう告げると、赤いボイスレコーダーを差し出してカウンターに置いた。

 少年は久しぶりの客だった。今時ボイスレコーダーを持つ意味もないだろうに、それを直してほしいとは。そう思いながら、徹里は読みかけの文庫本に栞を挟み、少年に向き直った。暗い店内から少年を見ると、入り口から射す陽光が眩しい。しかし大きなリュックを床に置く少年が浅黒い肌であることは、逆光による錯覚ではない。

 徹里は修理の仕事を始める。


「動かなくなった原因は分かる?」

「いいや、わからない。落としてもいないし、水没もさせてない。」


 大切に扱っているようだ。誰かの置き土産なのかもしれない。表情に緊迫感はないからと乱雑に扱ってはならない、丁重に扱おうと徹里は意気込む。

 依頼の品を見た徹里は、その品の歴史を想像しようと努める。使えるならまだ使いたいという考えの人間がいる一方で、品が存在していることに価値を感じている人もいる。修理とはそういった個々人をみて始めなければならない。


「充電はどう?」

「信頼のある場所で12時間充電したけど、動かなかった。」

「それなら間違いなくどこかが壊れているね。開けても大丈夫?」

「問題ない。……いや、データが消えると困る。」


 ボイスレコーダーの価値はマイクとデータである。記録できないボイスレコーダーに機能としての価値はない。この赤いボイスレコーダーを解体し、修理し、清掃し、見た目を元通りにしたとして、記録を失ったなら、ただ経年劣化したボイスレコーダーに成り下がる。


「そうだね……、一度バックアップを取れれば大丈夫なんだけれど、接続してみても?」

「問題ない。」


 徹里は椅子のキャスターでパソコンの前に移動する。

 了承を取ったのち、徹里は自作のパソコンと壊れかけボイスレコーダーを接続した。ボイスレコーダーの画面は暗い。


「……確かに画面が付かないね。でもLEDは光っているし、完全に壊れたわけではなさそう。」


 橙色のLEDが点灯し、充電中であることを告げる。少なくとも充電状態を調べる機能は生きている。徹里の肩越しにパソコンの画面を覗く少年はパソコンには興味を示さず、ボイスレコーダーを気にしていた。


「直りそうか?」

「それは調べてみてからかな。」


 接続されたボイスレコーダーのデータ領域をパソコンで開く。そこには幾つものフォルダが並んでいる。名前は番号ばかり。


……

……

[7208]

[7209]

[7210]

[7211]


 更新された年月を見れば、もう何年も使い続けていることが分かる。ICチップの経年劣化が原因であれば手を付けられないと考えていたけれど、データに接続できるのなら問題ないはずだ。徹里はパソコンへデータを転送し始める。


「接続できればこういうこともできるのか。」

「そうだね。パソコンがあればフォルダの整理なんかは簡単。小型の機械は操作性がどうしても劣るから。」

「ふむ。」


 少年はパソコンの本体を食い入るように観察する。パソコンにも興味を持ったようだ。麦わら帽子の下の眼光が鋭い。


「いまデータのバックアップを作ってるから、もう少し待ってて。

 時間が掛かりそうだし、お茶でも飲む?」


 徹里はカウンターの後ろにある冷蔵庫からお茶とコップを取り出して、お茶をコップに注ぐ。


「そこの椅子使っていいよ、扇風機もね。」

「そういうなら、遠慮はしない。」


 そういうとすぐに椅子とお茶を扇風機の前に持っていき腰かけた。体は完全に扇風機の方を向いていて、電源を付けた扇風機の風に少年にしては長い髪がたなびく。Tシャツ1枚だとしてもやはり暑いのだろう。冷えたお茶を徹里にまで聞こえてきそうにゴクゴクと飲む。


「……そういえば君の名前を聞いていなかったね。」

「1日だけの関係なのに、話して何になる?」

「こんな世界では新しい人に出会うことも稀なのだから、出会ったなら名前を覚えたいなと思っているんだ。一期一会というものだよ。」

「……セイド。」

「私は徹里とおりだよ。覚えてくれると嬉しい。」


 そんなことを言いながら、徹里は顧客のリストにセイドを書き加えていた。

[セイド:男性、金髪、ボイスレコーダーを直しに来た、日本語が話せる]


「……この店、客はどれくらい来る?」

「たまにね。それほどお金に価値も感じないし、のんびりと営業しているよ。

 ……と、バックアップが終わったね。修理を始めようか。」


 修理道具を引き出しから取り出してカウンターの上に並べる。するとセイドが扇風機から離れてカウンターの傍にきた。興味が暑さに勝った。


「ネジをすべて外したら、これを隙間に差し込んで開ける。そうして基盤が見えるようにして、どこが壊れているか調べる。

 コネクタが外れかけているならピンセットでつまんで指し直す。汚れていれば奇麗にする。分かっていれば案外簡単なものなんだ。」


 徹里は道具の説明をしながら、並行してねじをドライバーで外す。カバーを外せば電子部品が整列した回路が表出する。錆びてはいない。


「うーん。明らかに壊れている箇所は、……ここかな。」

「……外れかけてる。」


 ディスプレイの接続が故障の一因であろう。徹里がピンセットで指示したコネクタは傾いていた。徹里はそう考え、まずは安全のためにバッテリーの配線を外す。そしてディスプレイの配線を外し、差し直す。そしてバッテリーも差し直した。


「ここで一度電源を入れてみると、……よし、画面が付いた。

 つまり故障内容としては、電源は点いていたけれど画面が表示されていなかった、という訳だね。推測だけれど、元々ズレていたんだろうね。それが何らかの要因で完全に外れた。致命的な欠陥でなくてよかったね。」


 はんだが取れていれば直せるか分からなかったと告げられ、カイドはほっとしているようだった。緊張がほぐれたのか、徹里にも少しばかり表情が読み取れた。


 その後、幾らか掃除をしてからカバーを嵌め直した。勿論ねじも締め直した。そうして修理された赤いボイスレコーダーをカイドに渡す。カイドは電源を点けて操作し、確認をした。


「確かに、直った。データも残ってる。」


 そういうカイドの顔は嬉しそうだ。

 徹里はこのときのために、修理の依頼を受けていた。元々は修理が可能な人間が徹里一人だけだったから依頼を断れなかった。それでも続けるうちに、直った機器を見て喜ぶ人を見て徹里自身も嬉しくなった。


「それで、修理費はどうしたらいい?」


 カイドはボイスレコーダーを握りしめて訊ねた。修理費として、外から来た人間に対して徹里はいつも決まった頼みごとをする。


「そうしたら、できればでいいのだけど、……この町に定住してほしいな。」

「定住……?」

「そう、定住。」


 この世界において金銭以外で支払うことは多々あるけれど、定住してほしいと言われたことはカイドの経験にはない。


「……どういうこと?」

「この町はね、高齢化が進んで人口が減ってきたんだ。もともと子供が少なかったから、何件も空き家になってきた。」

「……。」


 カイドは考え込んだ表情をした。移住する気のない徹里にとって、この町が故郷であり唯一の世界だ。海に隔絶された島であっても、廃れていくことをただ見ていることはできなかった。カイドは徹里のことをあまり知らない。そしてこの町のこともあまり知らない。ゆえにカイドは自身の欲求だけを考えればよいのに、徹里のことを考えていた。


「……この町に、徹里以外の女性はいるのか?」

「……え?、……いないよ。」

「年が近い人は?」

「そうだなあ……、農家の叔父さんが一番近いかな。60近いはずだけれど。」

「分かった、定住しよう。心配すぎる。」


 カイドは決心した顔でそう告げ、ここの近くで済む場所を融通してくれと徹里に頼んだ。徹里は初めて要求が通ったことに驚きながらも、了承の返事をした。

 徹里にとってこの町は何の心配もいらない優しい町だと感じている。実際その通りであって、カイドが心配するようなことは何もない。だから徹里にはカイドが何故了承してくれたのかが分からなかった。


「もともと住んでた町は大丈夫なの?、頼んでおいてあれだけど。」

「問題ない。どうせ私は宿なしで漂流していた。丁度いい。」

「それだと、ここに来たのはたまたま?」

「いや、ボイスレコーダーが壊れてからはここに向かって移動していた。ないと困るから。」

「……なにをボイスレコーダーで取ってたの?」


 言われてみれば、ボイスレコーダーはかなり使い込まれていた。毎日のように録音していなければあれほどのデータ量にはならない。客がいなければ静かに小説を読んでいる徹里にとって、それほどボイスレコーダーを酷使する状況は思い浮かばなかった。


「ラジオ。」

「……ラジオというと、音声を収録して無線で流すアレ?」

「そう。だけど、無線にする方法が分からなくて取り敢えずずっと録音し続けていた。目的地も無く漂っている船の上で、今日は何の魚が釣れた、明日は雨になりそうだ、久しぶりに陸を見た、野菜をもらった、自然物を久しぶりに食べた。そういって、どうでもいい日常を録音している。だから、このボイスレコーダーは私の日記、人生の記録だ。」

「そうだったんだね……。」


 ボイスレコーダーを抱きしめるカイドは微笑んでいた。世界の大半が海となったこの世界でこれほど人生を楽しんでいる人を徹里は初めて見た。徹里の依頼者の大半は生活になくては困ると修理を依頼する。海を渡ってきた人も、どうしても直さねばならないから訪ねてくる。人口の大半を支える大陸、そこで営む修理屋は、その利権を持って非常に高値で修理を請け負う。そういったお金を持ち合わせていない人間が徹里の店を目指す。


「それで、私が住める家はどこになる?」

「隣が空いてるけど、そこでいいなら今からでも住めるよ。」

「……徹里の家に住むというのは?」

「え?、……いや、部屋はたくさんあるけど。」


 カイドはそう言うと大きなリュックを背負い直し、徹里の家に向かおうと言った。徹里は当惑した。年端も行かぬ少年とはいえ一緒に住んで良いものか、と。


「女二人、一緒に住んだ方が安心だ。」

「……ん?、んーーーーーー。」

「一緒に住むんだから、改めて自己紹介をしよう。

 カイド・ターマライト。ラジオを趣味にしている14歳の女の子。それが私だ。これでも生活は完全に自立できてる。嘗めないで頂きたい。」

「えー、まじか……。」


 怪訝な顔を浮かべるカイドを余所に、徹里は顧客リストを開いた。

 [セイド:!、金髪、ボイスレコーダーを直しに来た、日本語が話せる]


 西暦2072年、11月13日の出来事である。こうして徹里の家には1隻の船と一人の少女が増えることとなった。のちにカイドが町の放送局を作ることになるのはまた別の話。


====

――――


 なんだか想定した以上に書いてしまった。真夜中に何をしているのだろうという感覚と、すべて書いてしまいたいという欲求が合わさってこんな時間まで長々書いてしまった。面白いかどうかはともかく、個人的には満足した。やはり書ききるというのは充足感があって良いものだ。完結作品を短編でもいいから沢山書くことが、小説が上手くなる最短経路なのかもしれない、とそんな考えもよぎる。


「……ねよう。集中してたから眠くないと感じてるけど、これはすぐにねれそう。」


 ディスプレイを寝る前に見ると良くないとか聞くけれど、本当に眠かったら睡眠が浅くなるとか関係ない気がする。

 現に、布団に入って温まってくると、急激な眠気が襲ってくる。


「おやすみ……。」

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