56  オズワルドとアクロ

 アクロの手にはどうやら途中でもらったらしい菓子が握られている。

 その横には二本足のトルリシャがおり、彼女が湯を持っていた。


「オズせんせー! しばらくお泊りするの? やったー!」

「元気か」

「めっちゃくちゃ元気! なんかみんな心配するんだけどなんにも覚えていないんだよね」

「それならいい」


 ケンタウロスの少女は屈託なく笑う。

 おそらくは一番クラリスによる洗脳の影響が大きいことと、アクロによる『魔王』の上書き命令がどこまで影響を及ぼすかが不明であったため先にトルリシャをホリーに任せたのだ。何かあったとしても、ホリーやここに住んでいる弟子たちが対処できる。

 軽く話を聞いた限りだと妹弟子と仲良くやれているようなので一安心する。


「オズ先生、カンロクついたんじゃない?」

「ばっかお前、元からだろ」


 アクロは「そうですかね……?」と呟いていたが聞かなかったことにした。

 用事の合間に手伝いに来てくれていたようで、トルリシャはぶんぶんと手を振りながら植物園を出ていった。


「リシャさんが変わりなくて安堵しました。わたしのせいで彼女が変容したらどうしようかと思っていましたから……」

「その時はその時だよ、ルミリンナ嬢。なるようにしかならないんだからね――そうだ、忘れていた」


 ホリーは小さな箱を取り出した。

 それをアクロに渡す。


「開けてごらん」


 首をひねりながら開けると、中から出てきたのは緑の石を真ん中に置いたシンプルながら美しいブローチだ。

 ガリドット石は様々な色がある。中でも人気なのは透明色だ。


「昔なじみなんだが、年頃の女の子にふさわしい『魔力封じ』をと頼んだら力作が届いてねえ」

「すごい……」


 さながら宝石のようなそれをまじまじと見つめたあと、アクロははっと頭を上げた。


「お、お代は……」

「ん? このばかと付き合ってくれるだけで十分だよ。今回の働きがそのぶんでいい」

「でも『魔力封じ』そのものがお高いですから……」


 『魔力封じ』を破壊したり持っていかれたりしたことを思い出したらしくアクロは目を泳がせた。

 故意ではないのだから反省することは無いのではとオズワルドは思いながら紅茶を啜る。


「じゃあこうしよう。お祝いだ」

「え? なんのですか?」

「……師匠」


 カップを置き、オズワルドはじろりとホリーを睨んだ。

 対する彼の師匠は「おお怖い」とわざとらしく肩をすくめてみせる。


「まあそのうち分かるよ。どうか若いお嬢さん、おばあちゃまのわがままを聞き入れてくれないかな」

「……分かりました。ありがとうございます」

「うんうん。見たかいオズワルド、こういうのを『かわいらしい』っていうんだよ」

「は? 俺も十分かわいらしいだろうが」

「キミのはふてぶてしいっていうんだよ」


 茶会は、しばらく続いた。



 二日ほどで彼らはホリー邸を出発した。

 もう少しゆっくりすればいいのにとも言われたが、オズワルドは教授の仕事がありアクロは生徒の務めがある。さすがにこれ以上大学を開けると長期休みが半分うしなわれることとなってしまう。

 魔獣を討伐したので大学側は大目には見てくれると思うが(むしろ見てほしい)、本当の敵は休講をチャンスに遊び惚けてレポートを滞らせているだろう生徒ばかたちだ。内容が薄かったり未提出者がいたらシメるしかない。

 どこか懐かしくさえある大学の正門に前に立ち、アクロは呟いた。


「なんだか、夢みたいでしたね……」

「そうだな」


 アクロは指にはまる指輪を見た。

 オズワルドも自分の手首に巻かれた皮ひもの灰色のビーズに触れる。


「先生」

「ん」

「わたしは恐らく『魔王』である自分と切り離して生きることは出来ません。これまでも、ここからも」

「ああ」

「日常に戻って、いいのでしょうか」

「いいんだよ。アレキだってそのつもりで俺とお前を連れて行かなかった」


 あの時、アレキはひとりふたり消滅に巻き込めただろう。

 それをしなかったのは、生きてほしいと願ったから――。


「アクロはアクロだろ」

「……はい」


 オズワルドは足を踏み出す。


「ここから忙しくなるぞ。まず研究室の学内妖精の機嫌取り、補講のスケジュール調整、授業準備、あとは溜まっているだろうもろもろの仕事」


 足音が聞こえてこないのでオズワルドは振り返った。

 アクロは同じ場所に突っ立っている。


「お前もだからな」

「え?」

「実家の説得は自分でやれ。手紙ぐらいなら書く。書類のサインも死ぬほどしないといけないから羽ペンより万年筆を用意しておくこと。黒インクだ。あと魔術師協会に最低2回はいかないといけないから予定を開けとくように」

「え? え?」

「成績は維持、学内での派手な争いごとは避けるように。プライベートのことは口出ししないがとりあえず寮母への説得は今以上に必死にやってくれ」

「ど、どういうことですか……?」

「なんだルミリンナ。いざこういうときになると察しが悪くなるんだな」


 声が聞きとりやすい位置まで戻る。

 目を白黒させるアクロへオズワルドは告げた。


「え!?」

「なんだよその反応。冗談だったのか」

「い、いえ、本気ですけれど……だって、いいんですか!? わたしは……」

「言っておくが、」


 言葉を遮った。

 『元魔王を弟子にしてみませんか』とのたまっていたのは一体誰だったのか。


「【紺碧の魔術師】は元魔王であろうと勇者であろうと容赦はしないからな」


 再び背を向けて歩き出す。

 どこか弾むような足取りが付いてくるのを聞きながら、オズワルドは小さく笑った。



 【紺碧の魔術師】、オズワルド・パニッシュラ。

 彼は国立魔法大学の教員であり、生徒の間では堅物であることで有名だ。毎授業ごとに課題が出され、締め切り時間厳守はもちろんのこと、授業中は私語厳禁、居眠りなどすれば即教室外に叩きだされる。

 それでも毎年一定の数の生徒が受講するのは、ひとえにオズワルドが国から認められている数少ない二つ名持ちの『魔術師』であり、そして――18年前、魔王を討伐した勇者パーティーのひとりだからだ。

 さらには最近、カサブランカ孤児院に召喚された魔獣と戦い、片目を失明したものの見事に討伐したという。


 そんな彼に一番弟子が出来たともっぱらの噂だ。

 銀髪で、両目で濃さの違う緑の瞳を持つ、大学内でも優秀な少女。

 彼女の名はアクロ・メルア・ルミリンナと言うそうだ。








 最強魔術師は弟子育成に向いていない~転生した元魔王な少女が弟子にしてくれと詰め寄ってくる~ 了

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魔王は弟子になれますか?〜最強魔術師と弟子希望な転生魔王〜 青柴織部 @aoshiba01

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