51 答え合わせ

「事後処理?」

「そうだ」


 ゆっくりと立ち上がろうとするも、血を流しすぎたらしくひどい眩暈がした。

 足に力を入れることすら難しい。歩くことすらままならないだろう。

 身体を動くことは一旦諦めて、口を動かす。

 

「まず子どもたちの安否確認、お前が魔王としてやらかしたことの隠蔽、それから――この一連の首謀者と騒動の答え合わせだ」

「……」


 わずかに目を伏せたアクロをオズワルドはじっと見る。


「魔王になった時の記憶は、あるんだな?」

「——ぼんやりと。イヴァさんたちに刺されて、そこから……わたしなのにわたしではないような奇妙な感覚とともに目を開けると、目の前に犬みたいな魔獣がいました」


 そうするとイヴァとノヴァが食べられたことも知らないらしい。

 話すべきか迷い、今はやめることにした。あまり負担をかけすぎてまた暴走させたら目も当てられない。


「なにか話していたな」

「そうでしたか? すいません、あいまいなんですよ。ただすごくお腹が空いていて魔獣を食べたいなってずっと思っていました」


 最初から獲物として見られていたということか、あの魔獣は。

 敵だとかそういう扱いでもない。ただの捕食対象でしかなかった。

 強者の考えはやはり違うなー、とオズワルドは疲れた脳でそんなことを考えていた。


「……お腹が満たされましたが、でもまだ食べたくて、それで――先生がいたので」

「食べようと」

「しました。魔力が欲しくて」


 ちらちらとアクロはオズワルドを窺う。

 おおかたそんなことだろうと想像していたのでオズワルドは気にしなかった。


「でも、名前を呼んでくれましたよね。とたんに『わたし』の意識にいきなり戻って混乱してしまって……魔力が暴走して、先生を……」


 彼女は言いよどむ。


「気にするな。終わったことだ」

「でも……」

「そんなことより魔獣だ。あいつにすべてをなすりつけたかったが、お前が全部残さず食べてくれるもんだから跡形もない。どうしたものかな」

「う」


 あたりを見回す。魔獣の影も形もなく、ただひどく荒らされ瓦礫の山と化した孤児院だけが激闘を物語っている。

 あの炎はやはり夢だったのか、嘘のように収まっていた。現実で燃えていた部分も今はくすぶる程度だ。——勇者の遺物は灰と煤に変わっていたが。 


「考えがあります。もっとも、あなた方に協力してもらわなければなりませんが」


 声。そしてかすかな魔法の灯とともに近寄る影がある。

 クラリスだ。その顔は青白く、血の跡が顔に残っていた。


「それと、子どもたちは無事ですよ。洗脳は解きました。残しておいたシスターたちも生きています」

「……本当か? 言っておくが、もうあなたのことは信用できない」

「信用しようがしまいが結構です。あとで確認に行かれては? 子どもたちが生きていることは事実ですからね」


 表情の抜け落ちた顔でクラリスはオズワルドを見下ろす。


「なによりオズ、あなたが守ったのでしょう。子どもたちを」

「……」

「シスター・クラリス。考えとはいったいどのようなものですか?」


 容赦なく、余韻をぶった切る勢いでアクロは聞いた。

 少しだけ呆れた目をしたあと、クラリスは答える。


「孤児院についた時には既に魔獣が現われていた、と証言すればいいのです。儀式のことは何一つ触れずに、『魔獣がいたから倒した』。それで済むでしょう?」

「儀式を隠ぺいするつもりか」

「そのつもりです」

「クラリシア、自分が何をしたかまだ分かっていないとは言わせないが」

「子どもたちのためですよ。儀式に使われたと知られたら危険な目にあいかねません。世の中、ろくでもない宗教やミサがありますからね」

「あなたのこれも大概だろ」

「ええ」


 嫌味を含んだ言葉を彼女はさらりと流す。

 慣れているのか、もはやどうでもいいのか。


「結局、あの子たちを愛しているんですよね。しょせん私も人間だったということでしょうか」


 口元だけに笑みを浮かべる。

 そんな顔もできるんだなとオズワルドは頭の片隅で考える。旅の途中でも、帰国後でもそんな表情を見たことはなかった。


「約束、してくださいますね? 私ではなく子どもたちのために」

「……いいだろう」

「先生」


 アクロは咎めるような目つきをする。

 脅しに屈したと思ったのだろう。だがオズワルドとしてはそのようなつもり毛頭ない。


「だが、ただで要求を呑むとは言わない。こちらの質問にも答えてもらうぞ、クラリシア」

「質問?」

「国立図書館での殺人事件と、キッサイカ家の殺人事件。ああ、あと孤児院の壁のひび。全部あなたが一枚噛んでいるだろう?」

「……」


 クラリスは沈黙している。

 そのまま続けろと言うかのようだ。


「とはいえ、根拠ぐらいは出してやろう。どれから話そうか?」

「……お好きに」

「分かった」


 視力を失った片目を気持ち悪そうに手のひらで覆いながらオズワルドは話し始める。


「まずは図書館の殺人事件。簡潔に表すと『勇者嫌いの館長が勇者信仰のばか共に惨殺された』ってあらましだ。だが……ルアナ女史たちに、オリエリック館長を殺させたのって実はあまり意味がないんだろう?」

「その理由は?」

「『勇者を嫌う人間はこうなると見せしめたかった』から、役柄さえあえば登場人物は誰でも良かった。そうではないか?」


 アクロがぼそりと口を挟む。

 

「むごたらしく殺せばそれでいい。反勇者派を怯えさせることができればシスター・クラリスとしては成功だったのではないでしょうか? オリエリック館長を選んだのも、過去の恨みというよりはぱっと思いついたからだとか」


 彼女は仰向けのままだ。ひどく疲れているのが見てとれる。上体を起こし、姿勢を維持するのすら困難なのだろう。

 同意を求めるようにアクロがオズワルドに視線を送った。オズワルドは頷く。


「そして計画は成功し、ルアナ女史らは用済みになったので余計なことを言う前に口封じした。スズランの水でな」

「あら……。バレないと思っていました」

「ひとつの事件にしか関わっていなければ気づかないままだろうな。だが不幸なことに、俺とルミリンナはもう一件事件に巻き込まれた」


 それが、キッサイカ家の事件だ。


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