22 カサブランカ孤児院

 『カサブランカ孤児院』。門にはそう書かれたプレートが掛かっている。

 敷地をぐるりと背の高い塀が囲っているため内部の様子をうかがうことは出来ない。


 馬車を見送った後、アクロは不安そうに積み重ねられた荷物を見た。

 どうみてもふたりで運び入れられる量ではない。

 その様子を見てオズワルドは「大丈夫だ」と言った。


「このぐらいの量なら魔法で運べる。が、別に俺たちが運ぶ必要はない」

「え? それってどういうことですか……?」


 質問には答えず、オズワルドは門の施錠魔術を解除した。

 門を開くと、子どもたちがこちらへ走ってきているのが見える。


「先頭に居るのがマーサリーとレイロだな。獣人族で、耳がいいからいつも真っ先に出迎えに来る。ああ、ルビガ―も追いついてきた。全員もれなくクソガキだ」


 犬の耳が頭から生えた少年ふたりにケンタウロスの少年。

 彼らはオズワルドに駆け寄った。


「おい! 誰がクソガキだよ!」

「失礼しちゃうぜ! ばいしょーきんよこせ!」

「ばーかばーか!」

「そういうところだよクソガキ共」


 わいわいと騒ぎ立てる男児たちは、立ち尽くすアクロに気付いてきょとんとする。


「誰、このお姉さん」

「シスター……じゃないよね?」

「もしかして――オズ先生のお嫁さん!?」


 顔を見合わせてぎゃーっと声をあげた。

 アクロはただただ困惑した顔で無言を貫くのみだ。


「って、そんなワケないだろ!」

「そうだよオズ先生にカイショーがあるとは思えないし」

「だよなー」

「おいお前ら、ゲンコツを食らうか荷物を運ぶかどっちがいい」


 そう言われると少年たちはにやにやとしながら大人しく荷物を運んでいく。他のも呼んでくると言いながら駆けていく。

 オズワルドは深々とため息をついた。


「あいつらがここで一番騒がしい」

「ふふ、懐かれていますね」

「まあな」


 入れ違いで修道女がふたりやって来た。後ろからは何人か子どもが付いてきている。


「オズ先生、お久しぶりです」「お元気ですか」

「イヴァ、ノヴァ。お前たちも元気そうだな」


 ふたりとも双子だろう。翼を持っているが、上部以外は焼かれており羽根が生えていない。

 ひとりが話し終わるとすぐにもうひとりが話し始める。声の質も似ているためにふたりで話しているようには聞こえない。


「はい」「おかげさまで」

「マザー・ベルリカとシスター・クラリスは?」

「お待ちです」「応接室にいます」

「分かった。勝手に行くから、荷物を運んでおいてくれ」

「「かしこまりました」」


 人の良い笑みでイヴァとノヴァは道を開けた。だが、その目は一切笑っていない。

 会釈をして通り抜け、アクロはひっそりとオズワルドに話しかける。


「あまり歓迎されていませんね、わたし……」

「あいつらは人間不信なんだよ。観賞用で売られていた過去がある。お前が悪いとかそういうのはないから安心していい」

「人間不信とはまた違った感じといいますか、懇意にしている男性がいきなり知らない女を連れてきたら敵意のひとつやふたつは抱くよなあと……」

「は?」

「なんでもありません」


 建物の中に入ると10歳にも満たない外見の子どもたちがわっとオズワルドへ我先に抱き付いてきた。

 彼は屈みこみ目を合わせる。


「おー、アッカリ。背が伸びたか? ロクソンはまた傷を作ったな。ガニ、髪を引っ張るな。よじ登るな危ないからレビク。ルー、その髪は誰に結わえてもらったんだ?」

「おずー、まほーみせて!」

「きらきらしたやつ!」

「また後でな。マザーたちに会いに行かないとならん」


 立ち上がるとアクロに「行くぞ」と声をかける。


「全員相手にしていると時間が足りない」

「先生、学生への対応は雑なのに子どもの対応はすごく丁寧ですね」

「多少雑にしても学生は死なないから」

「そうなんですけども」

「対応に慣れがあるというなら、俺も孤児院出身だからな。チビたちの世話をよく任されていたから得意ではある」


 同い年のレルドはあまり子守が上手くなかった。

 というかよく泣き虫であった彼をオズワルドが慰めていた。現在隊長となったレルドにその話をするとすさまじく嫌な顔をする。


「わたしは……家では一番年下でしたから、どうしたらいいのか全くですね……」

「ふうん」

「前世はひとりっ子でしたし」

「微妙に返しにくいことを言うんじゃない」


 話しながら迷うことなく一室の前にたどり着く。

 【応接間】と彫られたプレートの下に【子どもは立入禁止】と手書きの紙が貼り付けられていた。

 ノックをしようとすると内側からドアが開かれる。

 中から出てきたのは柔らかい顔つきの女性であった。赤みのある茶色の瞳がオズワルドの姿を認め、弧を描く。


「オズワルド、忙しい中ありがとうございます。お迎えに行けず申し訳ありません」


 元勇者パーティのひとり、回復魔術を得意とする【薄紅の聖女】クラリシア・イベルだ。


「いいえ。子どもたちが荷物を運んでくれているのであとで確認してください」

「すぐに訪ねて来てくださったばかりか、お土産まで……。本当に無理を強いてごめんなさいね、オズワルド」

「俺が好きにやっているだけですから気にしないでくださいクラリス。早速ですが、話を聞きましょう」

「はい。――あら?」


 オズワルドの背に隠れていたアクロを見つけ、口元を手で覆った。


「その方がお弟子さんですか? はじめまして、クラリスとお呼びください」

「はじめまして、シスター・クラリス。わたしはアクロ・メルア・ルミリンナと申します。弟子ではなく、弟子候補です」

「弟子候補ではなくただの学生です」


 すかさず修正した。

 油断もすきもない。

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