21 馬車に乗って

 次の日の昼下がり。

 妙な噂を立てられては困るのでオズワルドとアクロは大学から少し離れたところで落ち合うことにした。……弟子を取ったという噂が流れている時点で何をしても変わりがないのは気のせいだ。

 あらかじめ呼んでおいた馬車の従者に行き帰りの料金を渡していると声をかけられる。


「先生、お待たせしました」

「……?」


 てっきり学内と同じ装いで来るかと思っていたので面食らってしまう。

 適当に結んでいる髪は三つ編みに結われ、ループタイにブラウス、そして花の模様のついたスカートを履いていた。普段は男物を身に着けているのでその変わりようにたじろいた。

 化粧でもしているのか唇と目元が色づいている。


「どこの令嬢だ」

「令嬢なんですよこれでも。——久しぶりにこの格好にしましたが、変ですかね」

「いや……?」


 スカートをつまむアクロになんと言えばいいか分からずオズワルドは微妙な反応しか返せない。

 従者は黙ってこそいるもののなぜか呆れた顔をしていた。


「それにしても、大きな馬車です」

「あそこの子どもたちが土産を毎回せがむんだよ。喧嘩しないように用意するとこのぐらいの大きさになる」

「ホロの馬車は使わないのですね」

「あんまりいい思い出がない」


 ホロの馬車に詰め込まれ知らない土地に運ばれた記憶がよみがえるからだ。恐ろしいなどはなく、ただただ不快であった。

 孤児院に入るまでオズワルドは浮浪児であり、それ以前は奴隷だった。彼の左足首には足かせの痕が未だ残っている。

 もちろん国はおおやけに奴隷の存在を許してはいない。だが、いくら厳しく目を光らせようともかい潜って闇取引が行われているのも現実だ。勇者パーティーに選ばれる前、オズワルドと彼の師匠で人身売買組織をいくつかぶち壊したので現在はだいぶ数も減っているはずだが。


「行く。片道一時間ぐらいだ」

「はい」


 乗り込むと所狭しと箱が並べられている。甘い香りがするものもあるので菓子も用意したのだろう。

 よく利用するからかサービスで厚いクッションが用意されていた。これがあると腰の痛みが軽くなる。

 オズワルドが窓から合図を出すと、ごとりと大きく揺れて馬車が動き始めた。

 ゆるやかに景色が流れ始める。アクロは楽しそうに眺めている。


「……」


 その横顔を見つめながら、かつてアレキに言われたことを思い出していた。

 確か旅の途中で露天商一行としばらく行動を共にしていた時だ。一行の中にいた娘がやたらと話しかけてきたり立ち寄った町を共に回りたがり、最後は不機嫌になるの繰り返しだったことを相談したのだ。

 

『褒めないからだろ』

『なにをだ』

『服とか髪。せっかくめかしこんでいるんだから、ちょっとは報いることを言ってあげたほうがいいんじゃないかな』

『相手が勝手にやってるだけなのに?』

『魔術師って情緒を一部消し飛ばさないとなれないのか?』


 久しぶりにアレキが毒を吐いた時でもあったな……と思い出す。結局その娘とは関係が発展することもなく分かれた。

 教え子の服装を褒めるのはどうなのだろうか。教え子というよりかつて倒した相手だが。いけないとかはないのかもしれない。このまままるっきり触れないであの娘のように不機嫌になられても困る。魔王だし。

 ぐるぐると考えたあと、口を開いた。


「……ルミリンナ」

「なんでしょうか?」

「たぶんだが、似合ってる」

「え?」

「なんか……化粧とか服?」


 アクロは眉を下げた。


「魔術師って人格と情緒が破たんしている者が多いと聞きますが、確かにそうですね……」

「失礼なことを言うな」


 少なくともオズワルドとしては切り出しただけでも及第点が与えられるべきだと思っている。

 学期末試験で容赦なく学生に不可をつけていく男は、自分に少し甘かった。


「でも、似合っているのなら良かったです。寮母さんには合格を貰いましたけれど、世間がどう見るか不安だったので」


 にっこりと笑うアクロを直視できず視線を落とす。

 そこで、ループタイの石がひび割れていることに気がついた。


「今にも壊れそうだが大丈夫なのか、そのループタイ」

「これですか。先生、『魔力封じ』と言えば分かりますか?」

「ああ」


 ここから北へ行った土地には、魔力を吸収する『ガリドット石』が転がっている。吸収すなわち抑制の効果があり、うまく魔力を制御できない者はアクセサリーにして身につけているのだ。

 他の用途としては特別牢はガリドット石を混ぜ込んだ壁と床から出来ており並みの魔法や魔術では脱走できないようになっている。


「入学祝いに兄から頂いて、うまく吸収してくれていたのですが……図書館の一件で、ひびが入ってしまいました」

「……さすがに魔王のちからは抑えきれなかったか」


 過去にはガリドット石で魔王討伐に行った者もいたらしい。

 結果は言わずもがなだが。


「本当は新しく買ったほうがいいのでしょうが、後回しにしてしまっていて……」

「なにかあってからだと遅いぞ」

「先生みたいなことを言われてしまった……」

「先生だからな」


 オズワルドは窓枠に肘をつく。


「孤児院でもうっかり魔力を出すなよ。あちこち壊れたらそれこそ面倒くさい」

「え? 孤児院でも『魔力封じ』があるんですか?」

「……クラリスの居る孤児院は少々特殊だから。聞いたことはなかったか?」

「いいえ」

「なら予習として教えよう。あそこには、亜人の子どもが集められているんだよ」


 トルリシャもそうだ。群れからはぐれてしまった彼女の母親が衰弱死し、さまよっていたところを国に保護された。


「世から煙たがれる、ヒト型の魔獣。ヒトと魔獣のハーフ。種族不明。魔力を暴走させがちな子ども。そういう子たちを保護している」

「……」

「あまり深く考えて接しなくていいからな。同情も情けも奴らには菓子より価値がない」

「それもそうですが、……うっかり前世を出さないようにしますね」


 なにか歯切れが悪かったが、アクロはそれ以上語らなかった。

 そこからはずっと無言が続き――やがて孤児院が見えてきた。

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