13 魔術師は物理的に弱い
突然現れた男に警戒を高めてアクロを背中に隠すように立つ。イジーリアは他の憲兵のほうが近いし、レルドは自分で自分の身を守れる。
……オズワルド自身、杖を出していない現状は初等部の子どもよりも弱いが、生徒をかばわなくていい理由にはならない。いくら飛び級してようがアクロはまだ守られる立場の人間だ。
オズワルドは魔王討伐の旅で嫌というほど戦闘をしたために自然と身体が動いたが、アクロは硬直していた。オズワルドや憲兵たちに遅れてようやくなにが起きたか分かったようだ。
「せ、先生……」
「黙ってここにいろ」
この場は憲兵たちに任せるべきだろう。魔法が関係しない戦闘は魔術師が首を突っ込んで良いものではない。
単純に、魔術師は物理的な攻撃に弱いからだ。
身体を鍛えていない者が多いのも一理あるが……魔術師は一度目の前の事象を「理解」しようとしてしまう。
これはクセのようなもので、例えば『投げられてきたボールは何色か、硬さはどのぐらいか、威力は』と思考する。そこから避けるか受け止めるか打ち返すかに入るのだが――思考と直結して繰り出せる魔法ならともかく拳と拳の戦いではそのようなことを考えている間にボコボコにされるだけだ。
肉体の反射的な対応が鈍くなる、といったほうがいいか。
オズワルドも例に漏れず弱い。【紫煙の魔術師】に引き取られる前は喧嘩もそれなりに強かったが、今は猫の体当たりでもよろめく。
即座に男は取り押さえられ、懐に隠していたものを没収された。
……刃の曇ったナイフだ。
「貴様、これはなんだ!?」
「おれがやったんですっ! サブラ・ルッキズが館長を殺しました!」
床に押さえつけられながら男が半狂乱で答える。
レルドはこのような場面に慣れているのか冷静な態度でイジーリアに問いかけた。
「彼は? 司書の制服ではないですが」
「清掃員です。国で一番大きいこともあって、司書だけでは手が回りませんので」
「そうですか。彼と面識は?」
「もちろん同じ職場なのであります。親しいかと言われると……」
イジーリアは首を傾げた。どうでもよいと思っているのがありありと伝わってくる。
わあわあと喚くサブラと名乗った男を、アクロは不思議そうに眺めている。正確には没収されたナイフを。
「あいつが嫌いだから殺したんです! めった刺しにして、ようやく死にやがった! ざまあみろ!」
「やかましい! 静かにしろ!」
サブラと取り押さえている憲兵のやり取りを白けた様子で聞いているオズワルドのローブをアクロがついっと引っ張った。
「先生」
「なんだ」
「あの人に質問してもよろしいですか?」
「知的好奇心ならやめろ」
「違います。事件に関わること……だと思います」
「……」
アクロの真剣な瞳に見つめられ、オズワルドは悩む。
考えなしのばかではないにしろ現在の彼女の立ち位置は犯人候補だ。下手なことを言われたら庇いきれない。
最も、現在「自分がやった」と言っている男以上のインパクトを残すことは難しそうだが。
「責任を負うのは自分だぞ」
「はい」
「覚悟があるならやれ」
こくりと頷くとアクロは前に進み出た。
「サブラ・ルッキズさん」
彼女が名を呼ぶと、サブラはぴたりと静止した。まるで見えない糸に絡め取られたかのように。
ぞわりと空気が震えるような、そんな感覚をオズワルドは覚える。見下ろしたアクロの横顔は普段と変わりはない。
怯えを含んだ顔でサブラは少女に顔を向ける。
「あなたの原初魔法は?」
原初魔法。
人が生まれつき持っている魔法だ。属性は大きく分けて火・水・風・土・聖の5つである。
たいていはマッチ程度の火や指先を湿らす程度のものであるが、素質と学び次第では大きく伸びる。とはいえ素質がほとんどなくとも日常生活に必要な魔法は専用に組まれた魔術がカバーするため、困ることはあまりない。
なぜ突然アクロが原初魔法について聞くのか意図は不明であったがオズワルドは黙って見守ることにする。
「火、です」
返事はせず、アクロは次にイジーリアにも同じ質問をする。
「イジーリア・ルアナさん。あなたの原初魔法は?」
「……風ですが」
「どこまで扱えますか」
「ほとんどできません。ホコリを飛ばすぐらいですよ」
アクロは彼女から視線を外さないまま手近な棚から本を一冊取り出す。『聖剣の伝説』に負けず劣らず分厚い。
「受け取ってください」
そんなことを言いながら――本を投げつけた。
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