8 乱入と煽りと

 少し行くと憲兵のひとりと出会った。

 訝し気に向けられた目はすぐに驚愕に変わる。ぴしりと背を伸ばして彼はオズワルドに向かい合った。


「魔術師様! いかがされましたか?」

「人を探していまして。ちみっこい銀髪の大学生を見かけませんでしたか」

「えっと……」


 憲兵は口ごもり、背後のドアをちらりと見た。どう答えたものか考えているようだが答えを言っているようなものだ。


「失礼」

「あっ、ちょっと!」


 鍵が掛けられていたがこのぐらいは杖を出さなくても呪文だけで開錠できる。

 ドアを開くと、そこはどうやら司書の休憩スペースのようだった。今は取調室と化しているが。

 手前側には憲兵が二人、そして奥には――


「……先生?」


 俯いていた顔を上げ、疲弊した表情のアクロはオズワルドを見上げた。

 薄々気づいていたが――なるほど、あの学内妖精はなかなかに賢いらしい。

 アクロが危機的状況にあると察すると、オズワルドを使って救い出そうとしたのだろう。ふたりの関係を正確に理解しているかは不明であるが、確実なのは学内妖精はアクロを慕っていることだ。

 餌付けぐらいで他種族に情が湧くのか疑問ではあったが、考えてみれば犬や猫も給餌する者になつく。そういうものなのだろう。


「魔術師様? なぜここに」


 白髪交じりの憲兵が慌てふためきながら立ち上がる。


「館長が亡くなったと聞きました。事実でしょうか?」

「み、耳がお早いですなぁ」

「応援が来るのはこれからのようですね。そちらの少女はどうされたのですか?」

「いやぁ……。オリエリック様の死体を最初に見つけたのが彼女でして話を聞いているところです」

「なるほど」


 室内に感じる魔法封じの術を無意識のうちに潰しそうになってハッとする。

 取り調べ中に魔法を使われてめちゃくちゃにされては堪ったものではないので、まず最初にこの術式を憲兵は展開する。だがこのようなものオズワルドにしてみればただの落書きだ。……おそらくは、アクロにとっても。

 毎回魔法陣を破壊していく彼女が、これには手を触れていないということは真摯に取り調べを受けているらしい。その気遣いを察せずに問い詰めているようだが。


「本当はオリエリック家と因縁を残したくないから犯人を早く捕まえたいが、現在犯人と見ている第一発見者の彼女もまた貴族であるからなかなか深く踏み込めない――といった状況でしょうか?」


 わざとにこやかに問いかけてやる。

 憲兵は口ごもった。少し揺さぶりをかけただけなのにこんなに正直に反応されるとそれはそれで困る。


「あまり国家権力をからかうものではないよ、【紺碧の魔術師】」


 後ろから声をかけられ、オズワルドはあからさまに嫌な顔をした。

 振り向けば中隊長のバッチをつけた男が立っている。泣く子も黙るような厳つい顔をさらに歪めていた。

 無表情で男の姿を認めたあと、にこりとオズワルドは機械的に微笑んだ。


「これはこれは、レルド・イベリッカ秩序維持憲兵隊第2班隊長殿。お元気でしたか?」

「おかげさまで元気だよ。国家認定魔術師にして英雄の【紺碧の魔術師】オズワルド・パニッシュラ殿」


 およそ友好的とは言えない雰囲気で、最大限相手をバカにした笑みで呼び合う。

 同い年で、同じ孤児院で過ごしていた。なにかと馬が合わないまま大人になり会うたびに煽り合う関係となってしまったふたりだ。


「隊長殿が出てきたということは……結構おおごとな事件ですか。それとも普段座っている椅子に休暇を与えなければならないという気遣い?」

「おや、魔術師殿は自分の居る場所の価値もおわかりにならないと? 事件現場は国立図書館、亡くなったのは館長。なんとしてでも解決させなければいけない事案だとご理解お願いできますかな?」

「ははは、ずいぶん張り切っていらっしゃる。準備体操をしたほうがよろしいですよ」


 周りは言葉の応酬にただあ然と見守るのみだ。

 英雄相手にここまでずけずけとものを言える人物もそういない。

 レルドはオズワルドを睨みつけたあと、咳払いを一つした。


「魔術師殿は部外者でしょう? 早急にお引き取り願いたい。自分が犯人だと名乗りをあげるなら構いませんがね」

「部外者ではないですよ」


 オズワルドはアクロの座る椅子の後ろに立った。

 唇を動かさず彼女の後頭部に小声で話しかける。


「話を合わせろ」


 生唾を飲み込む気配がしたので通じたと判断する。


「私は彼女の関係者です」

「関係者? 生徒のひとりではないのですか?」

「いいえ」


 一切表情を崩さずに魔術師は言う。


「アクロ・メルア・ルミリンナは、私オズワルド・パニッシュラのです」

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