9 質問の主軸
場はしんと静まり返った。
そうして末端からざわめきとともに言葉が生まれてくる。
「弟子?」
「あの【紺碧の魔術師】が?」
「どんな貴族相手でも弟子にしないって聞いたぞ」
「……仕事中だ。私語を慎め」
レルドは振り向かないまま威圧的で低い声を出した。
こそこそと話していた憲兵たちは顔を青くして背筋を伸ばす。
「……初耳ですね、魔術師殿」
「試用期間なので公表していないだけですよ。正式に取るかどうかはまだこれからです」
この事件が終わった後に「あの時こんなこと言ってましたよね」と蒸し返されても困るので、さりげなくアクロにも釘をさしておく。させただろうか。
「なぜ、頑なに弟子を取ろうとしなかったあなたが? どんな心境の変化ですか?」
「おや、隊長殿の許可を取らなければ私は弟子のひとりも取ってはいけないと?」
わざと肩をすくめたオズワルドに対して、レルドは目の下を痙攣させる。
このままペースに巻き込まれると思ったのか咳ばらいをし、先にアクロに取り調べをしていた憲兵から話のメモを貰って目を通す。
それからアクロへ視線を向けた。びくりと身体を強張らせたアクロを見、オズワルドは彼女の斜め前に出た。
「御覧の通り、ルミリンナはまだ世間の酸いも甘いも知らないひよこより弱いお嬢さんでね。あなたみたいな怖い顔をしているおじさんに強い口調で問い詰められるとだんまりになってしまうんです。くれぐれもやさしい対応を頼みますね、隊長殿」
「……先生」
「……魔術師殿」
フォローにも牽制にもなっていない。ふたりに睨みつけられてもオズワルドはどこ吹く風だ。
怒りを逃がすように拳を固めて緩めることを何度かした後、改めてレルドはアクロを見つめる。
「ルミリンナさん」
「は、はい」
「オリエリック館長は1階奥、児童文学の棚周辺で亡くなっていました。そして、あなたはその死体を見つけ、付近にいた司書に報告した。そうですね?」
「間違いありません」
「なぜあなたはそこに居たのですか?」
「え……。読みたい本があったからです。あの、『勇者の冒険』を……」
少し恥ずかしそうにアクロは答える。
『勇者の冒険』はもっともポピュラーな、勇者パーティーが国を出立して魔王を倒すまでの冒険譚だ。
託児所に通っていれば絶対に読み聞かせをされるし、初等部学校の教科書では必ず一シーンが乗っているほど有名である。
「読みたい? 児童文学を? 大学生ですよね。なぜですか?」
「なぜって……」
「あー、もう。論点はそこではないだろうに、頭の固い奴め」
オズワルドは手を叩いてこの場にいる全員の意識を自分に集中させた。
「お前は今なにを聞きたい? ルミリンナがこの年で児童文学を読む理由か? 違うよな。児童文学の棚周辺で不審な出来事は無かったのか、人はいたのか。そういうことではないのか」
「……魔術師殿、私情を出さないでいただけますか」
「ルミリンナを庇っているわけではない。ただお前の質問が主軸からズレているということを指摘しただけだ」
腕組みをしてレルドを睨め付ける。
「こちらもいくつかルミリンナに質問するが、いいな」
「……変な質問だったら止めさせますよ」
「上等だ。――館長の死体を発見したのはルミリンナが最初だということだが、それは確かか?」
緊張で強ばる顔でアクロはうなづいた。
緑色の瞳は揺らいでいるが、先ほどよりは落ち着いてきている。全面的に味方とは言えないがオズワルドの存在は心強いらしい。
「そうです。まわりには誰もいなかったので、たぶん、わたしが最初だと思います」
「あの場所に行くまで誰かと遭遇は?」
「司書さんを見かけました。本の片付けをしていましたね。館長さんが倒れていると報告した方と同じです」
オズワルドは、アクロに事情聴取をしていた憲兵にちらりと視線を送る。憲兵は慌てて答えた。
「ルアナ女史のことですね。別室で話を聞いています。お連れしますか?」
「急ぎではないのでそちらの都合で結構。ルミリンナ、館長の死体を見にいくが、一緒に来てもらっても大丈夫か?」
「はい」
やり取りを聞き、レルドは苦々しい声を絞り出す。
「魔術師殿」
「なんだ隊長殿。脱走の手引をしているわけではないが」
「そうじゃない。これは殺人だぞ……ご令嬢に見せるってどんな神経しているんだ」
「令嬢ではない。ルミリンナは弟子だ」
弟子になりたいというなら相応の覚悟が必要である。たいていの魔術師は弟子はおろか自分の安全にも気を遣わないので。
それと、魔術師になると理由はどうであれ一度や二度は人間の死体を見る羽目になる。綺麗事で生きられないのが魔術師だ。
アクロは死体を再び見に行くことに疑問を抱いてない様子であるし、死体を見たというより取り調べを受けるほうが彼女はつらそうであった。
「さ、隊長殿。案内を頼む」
「魔術師って本当に性格は悪いし人使いは荒いな」
「性格が良くて人当たりのいい魔術師は幻想種だよ、憲兵と同じでな」
憎まれ口を叩き合うふたりに、アクロは呆れた表情をした。
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