episode2 『図書館切り裂き殺人事件』

5 押しかけ弟子(仮)

「オズ、あっち行ってみようぜ!」

「おいアル……。羽目を外すなよ」


 勇者パーティーが旅の途中で立ち寄った町は、祭りの真っ最中だった。

 オズワルドは当時知らなかったが観光地として有名な場所で、夜になると色とりどりの光を入れたカンテラを浮かせ幻想的な光景を生み出す。その土地の精霊に感謝をささげる催しらしい。

 とはいっても若い男ふたりは祭りそのものより屋台の食べ物を目当てに繰り出していたのだが。


「クラリスさんに見つかったら怒られるんだからな。ロッダムを拝み倒して口止めしたのは俺だぞ」

「オズだってなんだかんだノリノリだったじゃないか。祭りに参加したかったんだろ?」

「うるせえ」


 分厚い肉が串に刺さったものを買い、垂れるあぶらに難儀しながら頬張る。

 普段は携帯食料として硬いビスケットやパンばかりを口にしている彼らにとって心躍るような夜だ。しかもしょっぱいものやあぶらっこいものを控えるように言って来るシスター・クラリスもこの場にいない。このような機会はそうそうないだろう。


「なあ、オズ。魔王倒して国に帰ったらさ」


 アレキは屈託ない笑みをオズワルドに向けた。


「またこういう祭りにふたりで行こうぜ!」


 オズワルドはきょとんとした後にふいっとそっぽを向いた。


「……考えてやらんこともない」

「恥ずかしがっちゃって」

「肩を組むな! あぶらが服につくだろ! おい!」


 魔王を倒した。

 無事に帰国もした。

 だが――約束は、果たされなかった。



 ぱちんとなにかが弾けるような感覚がして、オズワルドは目を覚ました。寄りかかっていた背もたれが軋んだ音をたてる。

 ずいぶん懐かしい夢を見ていた気がする。

 いや、感傷に浸っている場合ではない。出入り口ドアの方に目を向けた。

 課題が出来ない単位が足りないと喚く学生や、「ぜひお話を」と関係者外の人間が入ってくることがあるので複雑な術式をドアにかけている。

 もちろん正当な理由で訪ねてくる者には内側から開けるが、事前連絡もなく突然押しかけてくるやつにろくな者はいない。

 今がそうだ。


「またあいつは……」


 術式が次々破壊される感覚に、オズワルドはこめかみを揉んだ。

 本来は術式は独立したものだが、オズワルドは防衛目的で魔術が破壊されたときに自身に伝わるようにしている。

 痛みなどはない。目の前で石鹸の泡が弾けた程度の、そんな軽いものだ。

 ノックの音。


「先生、いますか?」

「帰れ」

「失礼します」


 平然と姿を現したのは銀髪の少女だ。

 数週間前、勇者の墓で出会った大学の生徒。それ以来ほぼ毎日この研究室へ通ってきていた。

 目的は分かっている。


「今日こそ弟子にしてください」

「こ、と、わ、る」


 ほぼ毎日のように交わしている会話にオズワルドは心底うんざりした顔を作る。

 よくもまあ自分の思い通りにならない人間のもとへ飽きもせず通い詰めることができるものだ。


「ちゃんと課題も出してますし、他の講義もしっかりこなしています。先生の技術を学びたいんです。なにがいけないのですか」

「何度も言っているだろう。俺は弟子をとらない」

「ではわたしが弟子第一号になるんですね」

「弟子をとらないと言っているんだが」


 いつの間にか定位置になっている、なんのために買ったのかよく覚えていないクッションにアクロは座る。

 そうして持参した本や教科書を読みながら時折オズワルドに話しかけてくるのだ。そのさまは猫のようだと思わなくもない。


「……ルミリンナ」

「はい?」

「お前、子爵家の娘だろう。孤児院上がりの男につくよりもっといい伝手があるんじゃないか」


 ルミリンナという名前に聞き覚えがあったので、少し前に情報通の清掃員をつかまえて訪ねていたのだ。

 首都より少し離れた土地の子爵であると聞いた。


「弟子にしてくれる流れですか!?」

「耳がつまっているのか? 違う。いくらでも優秀で人当たりのいい魔術師はいると言いたいんだ俺は」


 なにかを極めようとするとき、立ちはだかるのは家柄だ。

 孤児であったオズワルドの才能を【紫煙の魔術師】に見出され、勇者パーティーの一員にならなければ国家魔術師も大学教授ももう少し年齢が行かなければ叶わなかっただろう。

 いくら輝かしい経歴の持ち主であっても家柄が無い男の弟子になったと知った場合、アクロの親はいい顔をしないだろう。


「師を選ぶのが弟子になる上で一番重要なことだぞ。出世や知名度を上げたいなら他を当たれ」

「……」


 彼女は苦笑いを浮かべた。


「わたしは、そういうの別にいいんです。地位も名誉も……。ただ本当に、パニッシュラ先生の弟子になりたいだけなんですよ」

「なぜだ」

「弟子になったら教えます」


 くだらないとオズワルドは机に向き直った。

 次はもっと頑丈な魔法陣を描かなくてはならないと考えながら。



 

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