4 雨粒石と紫色の光
アクロは目を瞬いたあとに「え!?」と呆けた声を出した。
「なにを驚くことがある。周辺探索などそう難しいことでもないだろう」
「ここはふたり一緒に行動をするべきだと思うんですが!?」
「時間が無駄だ。それに、生徒をひとりで行かせて心配ではないのかという意見が出そうだから前もって伝えておくが」
オズワルドは門扉のある方角を親指で指した。
「魔法陣を破壊するような
「……」
「あれはお前の仕業だな? ルミリンナ」
「……はい」
アクロは気まずそうに頷いた。
消去法というより、オズワルトは自然に彼女の仕業だと考えていた。理由は分からない。……昔、自分の魔術を『破壊』した存在と似ているものを感じたからだろうか。
その時の恐怖だとか悔しさを思い出したが呼吸と共に呑み込む。
「そのぐらいのことができるなら不審者のひとりふたり伸せるだろう」
「無茶を言いますね……」
「ひとりが怖いなら明かりをともしていけばいい。なにかあった時は光を強くしろ。俺がすぐに様子を見に行く」
「絶対ですよ? わたし、肉体としては強くないので」
「それは俺もだ」
「不安しかないのですが」
納得のいかない顔をしつつ、アクロはブレスレットを揺らして杖を取り出した。
彼女の瞳と同じ緑色の石が杖の先端に浮いている。呪文を呟くと足元にくっきりと影が出来るほどの明かりがついた。オズワルドも同じように明かりをともす。
「ゴールはここだ。また後で」
「はい……」
しぶしぶと歩き出した少女の背中を見送ってオズワルドは逆の方向を進みだした。
ゆっくりと移動しながら、オズワルドは先ほどアクロに語った自分の言葉を反芻していた。
——魂には鮮度がある。
16年前の魂などよっぽどの悪霊でない限り残ってはいないだろう。
ならば、もうひとつ可能性があるとするならば。
勇者の魂ではなく、死んで間もない魂があるのではないか?
それを目撃して勇者のものだと騒がれても場所柄おかしくはない。
つまり、死体がどこかに転がっていることになるのだが。
そうなるととても厄介だ。憲兵に報告、大学にも報告、勇者の眠る地を荒らされたとして国が調査しに来るだろうし、犯人捜しはそれはもう祭りのように行われるはずだ。その中心に絶対に居たくない。
アクロに面倒くさいことを全部押し付けることも一瞬考えたが、さすがにそれは『先生』と呼ばれる身分の者が『生徒』という身分の者にしてはいけないことだと思い直した。いざとなれば死体を見つけやすい場所に置き、適当に自分たちの証拠隠滅をし、アクロに口止めをしてこの場を去るしかない。
あれこれを考えながら、勇者の墓の前に戻った。
……なにもなかった。
先に待っていたアクロが軽く杖をかかげた。
「パニッシュラ先生、こちらはなにもありませんでしたよ」
なにもなかったらしい。
肩透かしである。
「死体とかなかったか」
「そのような物騒なモノはなかったですね。さすがに死体を見落とすなんてこと無いと思いますし……」
死体の類でないとするならば何か?
というより死体以外の選択肢がなかったのでオズワルドは額に手を当てた。
その様子を横目に、アクロは勇者の墓を眺めている。
「先生、勇者はこの石が好きだったのですか? 宝石、ではなさそうですが」
「石?」
「ほら、この聖剣を模した彫刻の柄の部分に埋め込まれていますよ。他の記念碑にも飾られていますし」
「ああ……これか」
アクロの言っているのは不透明な石のことだ。色は様々だが、無色が一番多い。
「勇者が旅の中でさまざまなものを発見し、帰国後に伝えたものはいくつかある。特にこの石は優れたもので、金属を融解――液体にしやすくする。これによって金属加工の技術が大きく発達することになった。雨粒石と名付けられている」
「そうなんですか」
「なんだ、知らなかったのか」
「魔王討伐の旅の話はおとぎ話でたくさん聞きましたし読みましたけど、そのような功績はあまり詳しくなくて……すみません」
「謝らなくてもいい。勇者だって、功績をたたえてほしかったわけではない」
まだ勇者以外のパーティーメンバーが生存しているのにすっかりおとぎ話として国に根付いているのはなんとなく気まずさを感じてしまう。
それにたいていの話の締めは「幸せに暮らしました。おしまい」だ。
まだ「おしまい」ではなく続いている自分の人生を、周りがどう見ているのか時々気になる。
「それにこの石、特定の条件下で光るんだよ」
「えっ!」
「やってみるか。紫の光にすれば分かる」
光に色を足すのは誰もが子供の頃に通る遊びだ。
赤と青と黄色、練習すれば混ぜ合わせてもっと多くの色を作ることができる。
アクロが真剣なまなざしで光を青に変える。そこに徐々に赤が混じっていった。
「……?」
これは子供の遊びのはず、だ。
初等学校では夜に集まってさまざまな色を灯し遊ぶようなイベントがあるぐらいだ。ここまで集中力のいるものではない。
しかも彼女は魔法陣を『破壊』するほどの力だ。こんな初歩魔法で引っかかるものなのか。
小さい頃に魔法で遊んでいないような――そして、簡単な魔法になれていないような、ひどくまどろっこしい方法で魔法を展開しているような気がしてならない。
疑問に思っている間にようやく紫の光が灯った。
「わ……」
まわりがぼんやりと光る。雨粒石が発光しているのだ。
目を輝かせるアクロとは反対に、オズワルドは眉をひそめた。
石以外のところで発光している個所がある。傍に近寄ってよく目を凝らしてみれば、誰かのサインのようであった。
他にも点々と単語やら簡易なイラストが地面と石碑に落書きされている。さすがに墓には書かれてないが。
「なるほどな」
ため息をついてオズワルドはアクロの方を向いた。
「ルミリンナ。『怒れる勇者の魂』はここにはいなかったようだ」
「……どういうことですか?」
「見てみろ。あちこちに落書きがあるだろう」
「ありますね。あれも雨粒石と同じ原理で光っているんですか?」
「そうだ。このインクは三年の薬学で作る代物と聞いたことがある」
「じゃあ……」
厳しい顔でアクロはオズワルドを見上げた。
「この落書きをしたのは、大学の生徒だと?」
「だな。噂も落書きをした生徒が流しているのだろう」
学部とイニシャルまで書くばかもいた。
記憶に残しておく。
「授業で習ったインクで遊びたくて、恐れ多くも英雄の墓に忍び込んだところか。大学内は妖精がうろついているからそんなこと出来ないしな」
ある意味ここは精霊も魔獣も近寄れない神域だ。そのように術式を編まれている。
人の目だけ気にすれば格好の遊び場になる。
「それでいざ光を灯したら雨粒石も一緒に光りだしてびびって逃げたようだな。『勇者が怒った!』とかなんとか言って。そこにインクがこぼれた跡がある」
雨粒石が光ることは広く知られていない。
落書きを照らそうとしたら予想もつかない場所も発光しさぞ驚いたことだろう。
「ゴーレムも魔法陣も時間をかければどうにかできるしな。それなりの人数で行ったなら役割分担をしているだろうし」
単身で侵入しようと魔法陣を破壊した生徒が目を泳がせている。
「蓋を開ければ簡単な事件だ。……まあ、このぐらいで済んでよかったと考えるべきか」
「犯人はどうするんですか?」
「不法侵入ならルミリンナも罰しないとならないんだよな」
アクロの動きが止まった。
面白そうに見ながらオズワルドは首を振る。
「冗談だ。お前の疑問もあって早く終わったようなものだしな、黙っておく」
「ありがとうございます……」
「落書きしたばかどもは……特定して説教をしておくか。どうせインクも雨で流れるだろう」
学長には『肝試し目的で入り込んだ人間が雨粒石の発光に驚いて勇者の魂だと騒いだ』と言うことにする。つっこまれても誤魔化せばいい。そういうのは得意だ。
噂のもみ消しまでは手伝わないが、いざとなれば雨粒石の存在を広めればいいだけだ。石の光を幽霊に間違えのだと言えば物語性のない事実に飽きてすぐ忘れられるはずだから。
杖の光を白に戻し、アクロは目を伏せてつぶやく。
「勇者、いませんでしたね」
「いいんだ。それで」
墓場を出、破壊される前の魔法陣を門扉に書き直す。その間破壊した張本人はずっと気まずそうだった。
研究室に戻り仮眠を取ろうかとオズワルドが思案していると、アクロは彼の目の前に立つ。
「……機会があるとしたら今なのでしょうね、先生」
「なんだ」
「わたし、たくさん魔術を知りたいんです」
胸の前で手を組み、はっきりとした声でアクロは言った。
「オズワルド・パニッシュラ様。わたしを弟子にしてください」
オズワルドは、即答した。
「断る」
アクロは折れない。
オズワルドも首を縦に振らない。
ふたりの押し問答は騒ぎに気づいたゴーレムに発見され追いかけられるまで続いていた。
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