2 アクロ・メルア・ルミリンナ
魔王を倒した勇者――アレキ・レッセンブラという青年はあまり目立つことが好きではなかった。
聖剣に選ばれた時も、魔王討伐の旅に出たときも、帰還したときも――できれば目立たないように立ち回りたいとこぼしていた、そんな庶民的な男であった。
勇者として崇め奉られ以前の自由な生活に戻れなかった彼はせめて墓だけは質素にと願って死んだ。
「なんでお前の願いだけは叶わないんだろうなあ……」
オズワルドは墓の門扉前でぼやく。
一見すれば立派な庭園にも見えるが、ここはアレキひとりのために作られた墓地だ。質素とは程遠い。
昼間は開放されているが夜間は防犯のために門は閉ざされている。見張りとしてゴーレムも数体配置されているが、オズワルドにしてみればまさに人形でしかなく、さっさと機能停止させていた。
ゴーレムは一般市民からみれば脅威であるが、大学に通うような人間なら静止程度簡単にできる術式だ。勇者を守るにはお粗末でないかと国に意見書を出してやろうかとも考えたが、めんどくさいので口出しはしないでおく。どうせ『ではパニッシュラ様が術式を組んでください』と言ってくるのが予想できたからだ。
つらつらとそのようなことを思考しながらブレスレットを杖に変化させ、門扉の施錠を解こうとした。そして目を見開いて動きを止める。
「——鍵が壊されている?」
幾重にも錠の魔法陣が掛けられていた痕跡がある。それが『破壊』されていたのだ。
言うなれば鉄でできた金庫を無理やり素手でこじ開けたような――そんな、人間離れした荒業を遂げたものがいる。申し訳程度に弱い錠の魔法陣が描かれており、証拠隠滅を狙ったようだがバレバレだ。
「賢いばか……か? 賢いばかは厄介だな……」
呟きながら中へ入る。
幸いなことに月の光が明るく、杖で光を灯さなくても歩ける。こちらの位置を示さなくても良いということだ。
念のために足音を消す魔術を使用してゆっくりと中央へ向かう。
貴族の間で親しまれる香り高い花の匂いがゆったりと漂っていた。何人もの貴族たちがこぞって寄贈したものだ。花の根元にはこれ見よがしに寄贈者の名が石に彫り込まれている。こういった露骨な自己顕示がこの墓地ではあちらこちらに見え隠れしているためにオズワルドは式典以外では訪れたことがなかった。
バラのアーチを潜った先、視界がひらける。
中央にあるのは聖剣をかたどった彫刻。【鈍色の勇者】アレキ・レッセンブラの墓標だ。
それと向かい合うようにして小柄な影が立っていた。
「おい」
低い声で呼びかける。
今まで気づかなかったのかびくりと影は振り向いた。
魔法学校で支給される黒いローブを身にまとい、そのフードをすっぽりと被っている。
「大学に通っている人間だな? ならば俺が誰だか分かっているだろう。素直に名と所属学部を名乗れ」
杖をかかげる。脅しだが、相手の出方によっては攻撃もやむを得ない。
術式を破壊した本人とは断定できないが警戒するにこしたことはないだろう。
「……アクロ・メルア・ルミリンナ。魔術構造学部の、二年生です」
ぼそりと、影は言う。声質からして若い女だ。
オズワルドは渋い顔を作る。魔術構造学部は自分の教えている講義が必須科目となっているからだ。教えたことを応用して騒ぎを作り出されたのならいい気はしない。
「なるほど。ではルミリンナ、質問をしよう。お前は何の目的でここにいる?」
「勇者に、会いに来ました」
「わざわざ夜に? 墓参りなら陽のあるうちにするのがマナーだと教わらなかったのか」
「墓参りではありません」
彼女はフードを後ろに落とし、顔を露わにする。
銀色の髪に緑色の目をした少女だ。わずかに不安に揺れる瞳でオズワルドを見つめ返している。だが同時に強い意志も感じ取れた。
「……どういうことだ?」
「パニッシュラ先生は大学内で流れている噂をご存知ですか?」
「まさか勇者が彷徨っているというアレではないだろうな」
「そのまさかです」
オズワルドとアクロのあいだに風が通り抜ける。
「わたしは、勇者の魂に会いに来ました」
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