魔王は弟子になれますか?〜最強魔術師と弟子希望な転生魔王〜
青柴織部
episode1 『怒れる勇者の魂』
1 オズワルド・パニッシュラ
「先生。元魔王を弟子にしてみませんか」
きんいろの目をした少女は、そう言って静かに笑った。
〇
【
彼は国立魔法大学の教員であり、生徒の間では堅物であることで有名だ。毎授業ごとに課題が出され、締め切り時間厳守はもちろんのこと、授業中は私語厳禁、居眠りなどすれば即教室外に叩きだされる。
それでも毎年一定の数の生徒が受講するのは、ひとえにオズワルドが国から認められている数少ない『魔術師』であり、そして――18年前、魔王を討伐した勇者パーティーのひとりだからだ。
興味や好奇心から、生ける伝説の尊顔を一目見ようと新年度初日の講義には多くの数が詰めかける。中間考査の頃には半分に減っているのだが。
「お願いしますよぉ、パニッシュラ先生……」
そんな男、オズワルドは学長の情けない声で元よりある眉間のしわをさらに深めた。
場所は、オズワルドの研究室。几帳面に本や薬品が棚に納められているが、なにしろ所蔵されている量があまりにも多いために動けるスペースはわずかしかない。
やや恰幅のいい体形の学長は狭い空間で居心地悪そうに座り直しながら、すがるような瞳でオズワルドを見ている。
「『怒れる勇者が夜な夜な墓場をさまよっている』――この噂の真偽を確かめていただけませんか?」
「真偽、ですか」
「はい。今はまだ大学構内でもごく一部の噂で留まっていますが、これが万が一宮廷に漏れてしまったらと思うと……恐ろしいことです……」
生徒のつまらない噂のひとつやふたつで大騒ぎするほど宮廷も暇ではないだろう。
とは思ったが、『勇者』と呼ばれる人物はこの国ではあまりにデリケートな存在である。彼をそれこそ神のように扱っている宮廷が、勇者のことで妙な噂を流されたとあれば黙っていなさそうだ。
「要するに、上にバレる前に私に何とかしてもらいたいと」
「はい! 勇者パーティーかつ勇者様との親交も深かったパニッシュラ先生ならきっとこの件を解決してくださるかと思いまして!」
あまりにも高い期待と他人任せな言葉にオズワルドはため息をついた。
「嫌ですが」
「え!?」
「実害がないでしょう。例えば危害を与えてくる厄介な魔法陣がかけられているとか、直接誰かが被害を被ったという話なら私も動きますよ。しかし今のところ夜に徘徊している幽霊というだけではないですか」
言いながら彼は自身の片腕についているブレスレットに目を落とす。銀のチェーンがひとつの深い青色の石を繋いでいる。魔術を使う者なら必ず持っている、杖を収納したかたちだ。
もうひとつ、紋様の入った灰色のビーズが通された皮ひもも巻かれている。何のちからも込められていないそれを指先で撫でて、顔を上げた。
「それに、あいつが死んでもう16年ですよ。いまさら墓場で怒っているだなんて考えられますか?」
「い、いや……」
「もうひとつ言うと幽霊は私の専門ではありません。元勇者パーティーのひとり、【薄紅の聖女】ことシスター・クラリスが適任ではないかと思うのですが」
「そこまで大事には……!」
聖女が駄目で魔術師は良いという判断に至ったのか……とオズワルドは思った。
「ええ、分かりますよ。穏便に済ませたいのでしょう、ベルナルッシ学長。あなたは本当は勇者のことなんてどうでもよくて、噂が国の方まで届いてその地位が脅かされるのが嫌なだけだ。自分で確認に行かないのは、本当に居たらどうしようという恐怖心からですか?」
ぐ、と学長は黙った。図星だったようだ。
オズワルドは何度目かになるため息をついて、インク瓶にいたずらしようとしていた学内妖精を追い払った。
「私を動かすとなれば、高くつきますよ。慈善活動ではありませんから。余計な出費が嫌なら、まずは学内で噂の出どころを確認したほうがいいのでは――」
「隣の」
台詞に割り込まれ、オズワルドは青い目を細める。
だが学長は負けじとそのまま続けた。
「この隣の部屋、しばらく使われていませんよね」
「ええ、物置だそうで」
「近頃研究室が狭いと感じていませんか? もっと物を置きたいとか、考えていません?」
「——……」
否定する要素がなかった。
「もし依頼を請けてくれたら――隣を使えるように整理して、そうですね……行き来がしやすいようにドアも着けます」
「ドアも」
「しかしパニッシュラ先生が依頼を請けてくれないなら仕方ありませんね……。空き部屋に学生や学内妖精がたむろしてしまうので、誰か使ってくれないものかと困っていたのですが……」
「は」
オズワルドは笑った。
無意識に漏れた魔力が近くの書類をばさばさと床に落とす。
「ばかばかしい。そんな手に私が乗ると思いますか?」
——それから数時間後の、深夜。
オズワルドは勇者が眠る墓地に訪れていたのだった。
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