本山らのとラノベの精霊

七条ミル

本山らのとラノベの精霊

 それはらのちゃんが一人戦利品を両手に抱えほくほくと道を歩いているときでした。道行く人の中に、ひどくやつれた女の子が居るのです。服はボロボロで小さな身体の白い肌があちこちから覗いています。――尤も、らのちゃんも露出度で言えばあんまり変わらないわけですが。

 他にも人は沢山います。それなのに、他の人たちはその子に手を差し伸べることはありません。まるで、全く見えていないかのように。――否、見えていないのかもしれません。なぜなら、らのちゃんと同じ、の気配がするのですから。

 人の波を縫って、その子のもとに近づきます。目の高さが同じになるよう膝を折り、手を差し伸べる。まるでそのさまは天使か女神のようです。きつねですが。いや、見た目は人っぽいですけど。

「わたしが見えるの?」

 女の子が顔を上げます。まつ毛は長くて目はくりくり、髪の色はらのちゃんと同じです。地はとても綺麗な子なのでしょう。

「見えますよ、勿論」

 らのちゃんがにこりと微笑むと、女の子も微笑みます。優しく握られた手を引っ張って、らのちゃんは女の子を抱き起しました。

「わたし、らのです」

「えっ?」

 らのと名乗ったのはらのちゃんではありません。そう、目の前にいる女の子です。

「どうか、しましたか?」

 不思議そうに首を傾げる女の子は、らのちゃんの大体胸のあたりくらいの身長です。だから、多分一一〇センチくらいでしょうか。らのちゃんが一六一センチなので。

「ううん、ちょっと驚いちゃった。わたしもらのって言うんですよ」

「えっ!」

 らのと名乗った女の子が、さっきのらのちゃんと同じように驚いた表情を見せます。自分と同じように驚く女の子に、らのちゃんも思わず破顔。

 幸い、らのちゃんの家はここから然程遠くもありません。自分にしか見えないらしい女の子、ボロボロの女の子、このまま帰ることも出来ようはずがありません。

 手を引いてゆっくりと家に向けて歩きます。道行く人から見たら、もしかしたら自分は虚空に手を差し伸べる変人かもしれませんが、そんなことは知ったことではありません。片手には沢山のライトノベルを、もう片手には女の子を手を持って歩くのです。

 家に到着し、まずはおててを洗います。こんなご時世ですから手洗いは大事。それからお風呂を入れます。

 目に見えて肌が汚れているということはありませんが、それでも服がボロボロなのは頂けません。ちょっとサイズが大きいですが、とりあえずTシャツを一枚手渡して、それに着替えてもらいます。

 それにしてもこの子、一体何者なのでしょうか?


 女の子がお風呂に入っている間に、戦利品を本棚に仕舞っていきます。折り目がつかないように丁寧に、優しく。すぐに読む本は別にパソコンのある机の上に置きます。ついでに昨日読んだ本は本棚のほうへ移します。

 夢への切符を掴むために、色々頑張った机。その前は、色々な人にライトノベルのよさを伝えるために頑張った机。なんだか感慨深いものがあります。

 ちょっと微笑むらのちゃん。今日はちょっと気温が高かったので、室温も少し上がっています。窓を開け、風通しをよくしつつ、また新しいことの構想を練ります。色々な方法で、自分の夢を叶えるために。

 お風呂から上がった女の子の髪をドライヤーで乾かしてあげます。ボロボロだった服は一応洗濯機に入れて、ちょっとサイズは大きいですがTシャツを着せてあげます。そうすれば、ちょっとみすぼらしく見えたこの子も見違えます。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 自分よりも小さいので、ついつい頭を撫でてしまいます。

 ――そういえば、自分以外誰にも見えない状況って、ラノベっぽい展開だなぁ。

 まるで自分がラノベの主人公になったみたい。そういうのも、ちょっといいかも。

「らのちゃんは、どこから来たの?」

 本山のらのちゃんが、小さならのちゃんに問いかけます。

「わたしは、あそこからきたよ」

 そう女の子が指さしたのは、らのちゃんの家の本棚でした。いままで読んできたライトノベルが沢山詰まった、あの本棚です。今まで紹介してきた本も、沢山入っている、あの本棚です。

 方角的には――どっちだろう?

 でも、もしあの本棚の向こうを指しているのだとしたら、とは言わないでしょう。

 ということは。

「本棚?」

 こくりと、女の子は頷きました。やっぱり、本棚みたいです。

「あなたが、たくさん本を読んでくれたから。あなたが、たくさん本を広めてくれたから」

 女の子が、ととと、と可愛らしい足音を立てて本棚に近づきます。それから、その中の一冊を手に取りました。


『三角の距離は限りないゼロ』


『キミは一人じゃないじゃん、と僕の中の一人が言った』


 それは、らのちゃんが初めてのラノベ紹介動画で紹介した二作品でした。自己紹介の次の動画です。もう、三年前の話になるのです。

 ――高校一年生が卒業しちゃったんだなぁ。

 ふと、そんなことを思いました。そりゃあそうです。だって、自分が就活をしていたのですから。

 それから、女の子は次々に本を手に取っては、戻していきます。すべての動画を暗記しているのでしょうか、らのちゃんでさえも正確な順番は覚えていませんでしたけれど、多分それは自分が紹介した順なのです。

「なまえだけを知らなかったのが、くやしい」

 女の子が続けます。らのちゃんは、最後にらのちゃんに抱きつきました。らのちゃんが抱きしめ返します。

「ずっと見てた。盛り上げようとしてくれているところ」

「ふぇ⁉」

 なんだかいけない香りがします。二人の身体は、ゆっくりと離れました。

「三年間、ずっと。Youtubeと、あとfanboxも……」

「あ、そこは普通なんですね。ありがとうございます」

「それは普通。私も一ファン」

 女の子の手が差し出されて、それをらのちゃんの手が包みます。さっきハグはしたのに、握手はまた別物らしいです。ふわふわと、なんだか優しい光がらのちゃんの部屋を包んむような、そんな心地がします。

 手が離れ、それから女の子は本棚の何もないところに手を伸ばしました。そこは、今はまだない、けれどいつかこの世に出るかもしれない、あらゆる本を納めるための場所です。

「わたしは、ラノベの精霊」

 精霊のほうのらのちゃんの手の動きに呼応して、いずれ世に出る子らが、光となってそこへ集まります。もしかしたらその中には、自身が手掛けた本もあったかもしれません。

「ら、ラノベの精霊……っ!」

 やがて光が止んで、二人のらのちゃんの視線が交差します。

「あなたのおかげで、わたしは元気になれた。そろそろ行かなくちゃ」

「もう行っちゃうんですか?」

「ライトノベルは待ってくれない。刊行日は近い。〆切も待ってくれない。あなたは、追う側になるかもしれないけど。…………またね」


 上体を起こします。どうやら、いつの間にか机に伏して眠ってしまっていたようです。

「うーん、夢だったのかな」

 それにしては、帰ってきた記憶や本を本棚に入れた記憶、そしてあの子の記憶も鮮明にあります。でも、もしかしたら夢ってそんなものなのかも。

 もうらのちゃんも三周年。

 なんだかそれも、夢みたいですね。

 ――でもそれは、紛れもない現実。

 時が経つのは早いものです。

 赤く彩られた爪を視界の隅に留めつつ、らのちゃんはパソコンを起動します。

 次は――


「どの本を紹介しようかな」


 未来を考えて、自然と笑みがこぼれるらのちゃんなのでした。

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本山らのとラノベの精霊 七条ミル @Shichijo_Miru

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